演奏会雑録帳
2001年以前に行った演奏会の感想です。本体記事と重複してるものもあります。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

カール・ベーム&ウィーン・フィルハーモニー日本公演1977(DVD)
nsds-9484_20080824183517.jpg

 カール・ベームが12年ぶりに来る。しかもオケはウィーンフィル!

1975年の3月にこのコンビが来日するという一報が前年に出た直後から、この公演は日本のオーケストラ公演史上稀にみる超話題公演となりました。NHKが主催したこの公演は1973年のNHKホールこけら落とし時に行われたカラヤン指揮ベルリンフィル公演と同じく、葉書応募による抽選で当たった方のみがチケットを購入できるというもので、自分は早々にこの公演に行くのを諦めTV&FM鑑賞と決め込んだものでした。

 このときの衝撃というものはとにかく凄いものがありました。TVで観たブラームスの交響曲第1番とベートーヴェンの交響曲第4番は特に印象が強く、ともに冒頭から耳も目も釘付けになったものでした。特にブラームスのそのもの凄いまでの音の存在感というのでしょうか、音楽のもつ大きさと燃焼力には言葉が無いくらい強い感銘を受けたものでした。以来ブラームスの交響曲第1番は、このときのベームのような演奏を必死に捜し求め続け、そしていつも軽い失望感を味わいつづけたものでした。(因みにこのとき特に話題をよんだのがこのブラームスとシューベルトの「未完成」と「グレイト」でした。特に野村光一氏がこのときのシューベルトを口を極めてことあるごとに絶賛されていのたのが今でもとても強く記憶に残っています。)

 じつはこのときの自分と同じことをしていたある方を後に知りました。それはこの1977年のベーム来日直前に発売された「音楽の友」において、宇野功芳氏、門馬直美氏、福永陽一郎氏といっしょに座談会に臨んだ、十代目柳家小三治師匠。この座談会によると師匠もまたこのときのブラームスに痛く感動し(師匠の表現を借りればあれは「バンザーイ」というかんじの演奏とのこと。)、他のベームの録音も含めていろいろと探訪されたとか。ああみんな考えていることは同じなんだなと思ったものでした。(因みに師匠はこの座談会においてこの1975のベームの公演に三度行かれたそうですが、そのなかには仮病を使って高座を休み聴きに行ったものもあったとか。)

 それくらい強い衝撃を受けたこのベーム&ウィーンフィル。「こんなに凄いとわかっていたら行けばよかった。」ととにかく悔しいおもいをしたものでした。たしかにこのときの聴衆の凄まじいまでの熱狂に強く感激したベームは「また来日するという」コメントを残してはいたものの、なにせ八十歳を超えていることもあり、実現視していなかったのですが、この公演の翌年、なんとまたしても来年同じ3月に来日することが決定。この報せに狂喜したものでした。

しかもこの1977年の公演はベートーヴェン没後百五十年にあたっていた事から、ベートーヴェンチクルスが挙行、しかもこのコンビによるレコードがワルターとならんで定評のあった「田園」を演奏するというのですから、こんなとんでもなく嬉しいことはない。もちろんなにがなんでも行くぞということになりました。しかも運がいいことに今回はNHKが招聘するのではなく、当時自分が入会していた新芸術家協会による招聘だったので、もう願ったりかなったりの展開となりました。こうして一般の方より今回は有利にチケットは入手できたのですが、やはりそれでもなかなかの激戦ではありました。電話でやっとこ取れたのはNHKホール三階正面最後列の補助席だったのですから、まさに売り切れ寸前といったところでした。

 こうして後は無事来日してくれるのを待つのみといったところだったのですが、幸い2月28日に来日はしてくれたものの、なんと医師が同行しての来日ということなので、ほんと当日指揮台に立てるの?と心配になったものでした。

 ですがその心配は完全に吹き飛びました。自分が行く日の前日。つまり3月2日の18:55からNHKFMが自分の行く日とまったく同じプログラムの初日を中継したのですが、その演奏が素晴らしかった。というより凄かった。特に運命。現在CDで聴けるAltusのものより当時放送されたものはホルンとティンパニーがかなり強大な音量で入っており、それがまたとんでもないくらいの白熱感を強く感じたものでした。それはまさにホール炎上というくらい凄まじいものがありました。これほどの演奏ができるのなら絶対大丈夫。そう安心して翌日自分はNHKホールにでかけました。(ただしこの3月2日。後半の運命が始まる前のこと。オーケストラ登場がし一度会場が静まり返るものの、なかなかベームが登場せず一度観客の緊張がきれてしまい会場が一瞬ざわつく場面がありました。あのときはこっちもちょっとドキッとしたものでした。)

 今回紹介のDVDはこの公演を収録したものですが、今あらためてみるとどちらもべームの厳しい表情が印象的で、「田園」では「静」、第五では「動」の印象をその表情から受けたものでした。特に「第五」の随所に体当たり的ともいえるべームの激しい指揮ぶりがみられ、それに呼応したウィーンフィルが激しい咆哮を聴かせる凄絶の限りを尽くした演奏となっています。特に終楽章はまさに圧巻の一言です。(ただアンコールの「レオノ-レ第三番」はちょっとしたキズがありますが、コーダにおけるこれまた白熱的高揚それをが忘れさせてくれるほどのものがあります。)べームも前回より年を召したもののまだまだ元気で、第五を指揮した後の退場シーンでは小走りで退場しているときもあるほどでした。(ヘッツェルとキュッヒェルの二枚看板もじつに若々しい。)

 ところでこの翌日、自分は二日続きの同プロの二日目に行ったのですが、これから後はDVDのそれと重なるところが多いこともありますので、その時の感想を記しておきたいと思います。

まず「田園」の音が出た瞬間その音の美しさと柔らかさに一瞬息を呑んだものの、同時にあまりの音の小ささに愕然としたものでした。つまりホールの大きさと自分のいた場所の遠さが大きく災いしてしまったのです(このあたりの印象はさすがに前日のFM放送と大きく違っていました)。ですがしばらく聴いているうちに次第に慣れ始めたので、その点はなんとかなったのですが、この「田園」がじつに遅くしかも流れない。停滞しているとまではいかないけど音楽がじつに厳しい佇まいのものになっていることに正直驚いてしまいました。じつはこの「田園」、現在ではあまりいわれてはいませんが、当時はあまり評価がよくなく、間延びしたとか緊張感が無いといった声が聞かれたほどでした。ですが今考えるとベームの音楽がよりドレスデンへの原点回帰的なものに向かいつつあったことが表れはじめていた時期の演奏であったことを思うと、これもじつに自然な成り行きではなかったのかなと後に思ったものでした。ウィーンフィルの音も1975年のときよりもやや流れよりも形、そしてかなり金管などキツイ音を随所で出していたことなどもその影響だったのかもしれません。そのため後半の第五ではそれらを武器にした極めて剛直、それこそ叩きつけるような激しさを終盤みせることになったのでしょう。

 第五交響曲。そうこの後半の第五はちょっと異常な雰囲気なものでした。ひとつひとつの音を曲が進むに連れより念押しするような感じで音を出し、ひたすら音楽を強く叩き出し、そしてその音楽を芯から根こそぎ燃やし尽くそうとするような気迫、しかもそれでいてびくともしない強靭な力に満ちた骨格を軸に、さらにどこまでも音楽とともに、それこそ自分の生き様すべてを賭けて音楽とともに燃焼しくつそうとする老匠のその姿に、自分は言いようのない強い感銘を受けたものでした。

 たしかに自分のいたNHKホールの3階はFMに比べ音量的にやや乏しかったものの、FMで聴いた、いやむしろそれ以上の鬼気迫る演奏がそこには展開されていました。1975年に行われた一連の演奏に比べると、わずかに造形が緩やかに感じられるものの、83歳の指揮者が体当たりで渾身の力をこめながら音楽に立ち向かい、鬼のような気迫で音楽を叩き出すその凄まじさには言葉がなく、ウィーンフィルも音の美しさをたもちながら、ベームの尋常ならざる気迫に音楽をもって音楽の一線を越えようとしているようで、音楽をギリギリのところまで追いんでいこうとしているような、なにか殺気のようなものすら感じたものでした。

 特に終楽章はそれらが完全に一本化され、まさに一音一音が「入魂」という言葉でしか表現
できないような圧倒的な説得力と、もうこの演奏とともに燃え尽きて悔い無しといわんばかりの尋常とは思えない「燃焼」が、分厚い響きをともないながらベートーヴェンの音楽を抉り出しそして炎上していく、そんなかんじの音楽が展開されていきました。(これらはたしかに現代の感覚からいうとキズが多い古いタイプの演奏かもしれませんが、これはこれで後世に残る音楽遺産のひとつだと思っています。)しかもそこには「音楽の大きさを感じさせる」巨大な風格も存在しており、終演後熱狂する観客の中で、自分は言葉すら発することができないほど打ちのめされてしまったものでした。

 演奏終了後、自分の近くにいらっしゃった方が「今ここで死んでもいい」とやや興奮気味に言った言葉が今でも忘れられません。アンコールで「レオノーレ序曲第三番」が演奏され、その後オーケストラが引っ込んだ後も何度もベームは指揮台に呼び出され、そのたびに凄まじいまでの歓呼がホール全体を包んでいました。おそらくアンコール終了後それは三十分以上にも及んだと記憶しています。まさにすべてを出し切ったその演奏に自分はやや放心状態で帰宅しました。

 その翌日のベームはベートーヴェンの2番と3番を指揮しましたが、前日までに全力を使い果たしてしまったのか、2番では振り間違えがあったり、3番もなかなかエンジンがかからなかったりと、ややお疲れモードに多少なっていたとか。ベーム自身も燃えつきるほどのこれはまさに壮絶な演奏会でありました。因みに1975年公演ではべームは二日演奏一日休みを原則として公演を行ったようで、三連投となるような公演を組んだ招聘元のこれはミスだったのかもしれません。


◎ この公演のCD&DVD
1977:ベーム&VPO
[公演CD:ALT-026/027 TDKOC-005,006]
[公演DVD:NSDS-9484]

(ウィーン・フィルハーモニー/指揮 カール・ベーム、クリストフ・フォン・ドホナーニ)

2月22日:札幌厚生年金会館/ドホナーニ
シューベルト/交響曲第7番「未完成」
Rシュトラウス/ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯
ベートーヴェン/交響曲第7番

2月24:日福岡市民会館/ドホナーニ
シューベルト/交響曲第7番「未完成」
Rシュトラウス/ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯
ベートーヴェン/交響曲第7番

2月25日:広島郵便貯金ホール/ドホナーニ
シューベルト/交響曲第7番「未完成」
Rシュトラウス/ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯
ベートーヴェン/交響曲第7番

2月26日:名古屋市民会館/ドホナーニ
シューベルト/交響曲第7番「未完成」
Rシュトラウス/ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯
ベートーヴェン/交響曲第7番

3月1日:東京文化会館/ドホナーニ
シューベルト/交響曲第7番「未完成」
ワーグナー/トリスタンとイゾルデ、愛の死(S/アニヤ・シリヤ)
ベートーヴェン/交響曲第7番

3月2日:NHKホール/ベーム
ベートーヴェン/交響曲第6番
ベートーヴェン/交響曲第5番

3月3日:NHKホール/ベーム
ベートーヴェン/交響曲第6番
ベートーヴェン/交響曲第5番

3月4日:NHKホール/ベーム
ベートーヴェン/交響曲第2番
ベートーヴェン/交響曲第3番

3月5日:新潟県民会館/ドホナーニ
シューベルト/交響曲第7番「未完成」
Rシュトラウス/ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯
ベートーヴェン/交響曲第3番

3月7日:金沢観光会館/ドホナーニ
シューベルト/交響曲第7番「未完成」
Rシュトラウス/ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯
ベートーヴェン/交響曲第7番

3月8日:フェスティバルホール/ドホナーニ
シューベルト/交響曲第7番「未完成」
ワーグナー/トリスタンとイゾルデ、愛の死(S/アニヤ・シリヤ)
ベートーヴェン/交響曲第7番

3月9日:フェスティバルホール/ベーム
ベートーヴェン/交響曲第6番
ベートーヴェン/交響曲第5番

3月11日:東京文化会館/ベーム
モーツァルト/交響曲第29番
Rシュトラウス/ドン・ファン
ブラームス/交響曲第2番

3月12日:NHKホール/ベーム
モーツァルト/交響曲第29番
Rシュトラウス/ドン・ファン
ブラームス/交響曲第2番


この公演が海外オーケストラ来日公演史上歴史的ともいえる1977年の幕開けとなりました。1977年につきましては「1977年を回顧する」のページをご覧ください。

オイゲン・ヨッフム&アムステルダム・コンセルトヘボウ日本公演(DVD)
20070819011.jpg


オイゲン・ヨッフム/アムステルダム・コンセルトヘボウ

9月16日:東京文化会館
ワーグナー/トリスタンとイゾルデ、前奏曲と愛の死
ブルックナー/交響曲第7番

9月17日:昭和女子大人見記念講堂
モーツァルト/交響曲第33番
ブルックナー/交響曲第7番


 1982年のヨッフムとバンベルク響との来日公演は、その後も自分にとってひとつの大きな事件となり続けていましたが、それからしばらくヨッフム来日の噂が無いまま数年の月日が流れました。オイゲン・ヨッフムというとその柔和な表情が印象的ですが、実際はたいへんな練習好きで有名でした。ただしその人柄からくるのかオケもそれを苦とおもわず、結果としてでてくる音楽はそういう練習の痕跡より、音楽の自発性と生命力を感じさせるものとなっていました。それがまた忘れられないものとなっていたのですが、とにかくその後ヨッフムの来日の話はなかなか伝わってこず、ひょっとしてあのときのヨッフムが最初で最後になるのかなあと思い始めていた1985年の秋、ヨッフムがこれまた9年ほど来日が途絶えていた名門アムステルダム・コンセルトヘボウと翌1986年9月に来日するという報が流れてきました。これは本当に待望の来日公演なのですが、この1986年は1977年とはまた違った意味でとんでもないほどの海外オーケストラ来日公演当たり年でもあり、このコンビの組み合わせがさして目立たないほどでしたが、それでもこの公演は秋の公演のひとつの目玉となりました。
※(「1986年を回顧する」)
                                                                                     今回はヨッフムが指揮する全5回全ての公演でブルックナーの交響曲第7番が演奏されるという異例のものでした。正直その前例の無い公演プログラムに正直驚いたものでしたが、この86年の交響曲第7番の演奏は、前回の交響曲第8番同様圧倒的な名演となりました。(因みにはこれまでブルックナーを62年に5番、68年に4番、そして前回に8番を指揮し、今回の7番と相成ったため、一度もブルックナーに関しては「再演」がありませんでした。)

今回ご紹介のこの公演のDVDは東京公演二日目の昭和女子大人見記念講堂でのもので、前半にモーツァルトの交響曲第33番が演奏されていますが、この前日には東京文化会館において前半がワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の前奏曲と愛の死、そして後半に交響曲第7番が演奏された公演が行われています。

初日はじつに清澄かつ不気味なほどの静かな緊張感をもった「トリスタン」が前半に演奏、そして後半ブルックナーとなったのですが、これがかなり気合入り捲くりの演奏でして、そのためオケが初日ということもあるのでしょうがその煽りをくって少々荒れ気味の音を出しているものの、その力強さと音の巨大な立ち上がり感は無類のものがありました。聴衆も熱狂的なスタンディングオべーションで、オーケストラが退場した後も、登場し続けるこの指揮者と、この演奏を讃え続けました。

こうしてこのDVDに収録されている二日目となります。

前日ほぼ満員だったのに比べると二階席の両サイドにかなり空席が目立つ位の入りで、心持ち前日より落ち着いた雰囲気が会場にありました。(自分も前日は緊張からか開演前に足が震えたりしたのですが、この日はそういうことはありませんでした。)

ヨッフムは前日もそうでしたがこの日も通常とは逆の、舞台向かって右側から登場し、ちょっと独特の長椅子?に座って指揮を行いました。

四年前より多少お年を召したよううに見受けられたものの、最初のモーツァルトからじつに瑞々しく活気のあるものとなっていました。それにしてもオケの手作り的な光沢がじつに素晴らしい。以前コンセルトヘボウが来日したとき言われていた宣伝文句が「オランダ絵画を思わせるような重厚な響き」「世界で一番美しい音のオーケストラ」というものでしたが、この明朗快活にして生命感溢れるモーツァルトにおいて、それらはまさに看板に偽りなしという感じがしたものでした。

ヨッフムの指揮ぶりは痩身ではあるものの堂々とした風格豊かなもので、譜面をめくるとき、ちょっと昔気質風の今ではちょっとお目にかかれないようなめくり方をするものの、矍鑠とした指揮ぶりが目に付くものでした。かつてのべームのような無骨なものではなく、むしろ流麗な部分が多く見受けられるものの、べーム同様「ここ」というときは極めて気合の入った指揮で音楽を奮い立たせていました。

これは特に後半のブルックナーにおいて顕著でして、初日に比べやや落ち着いた雰囲気の演奏ではあったこの日の演奏でも、その指揮ぶりはじつに力強いものがありました。特にヨッフム自身がこの交響曲全曲の頂点と位置付けている第二楽章のシンバル付近では、シンバルの一撃に向かって音楽が高揚していくにつれ、ヨッフム自身も立ち上がって指揮するほどの力の入れようで、みていてこちらも熱くさせられるものがありました。(ただしこのシンバル。この日のそれはオケのトゥッティにやや埋没加減に鳴らされていましたが、前日の公演ではよりハッキリと強く鳴らされていました。)

このブルックナー、演奏時間も70分を大きく超える長大なものになったにもかかわらず、その密度の濃さは無類のものがあり、この日もそのオーケストラの立ち上がりの巨大さなど空前とすら思えるものがあり、とにかく圧巻、とにかく規格外の演奏となっていました。終楽章のコーダに入る前の全合奏など、まるでオーケストラ全体がひとつの巨大なパイプオルガンのように鳴り響き、ホール全体を共鳴させたのには、もはや圧倒を通り越し驚愕させられてしまいました。

聴衆の反応は一部やや場違いと思われても仕方の無い反応をされている方がいらっしゃったものの、総じて前日よりも落ち着いた反応に終始していました。前日あったスタンディングもほとんどみられることはありませんでしたが、これが逆に音楽の余韻を残すものがありました。

 こうしてこの公演は大成功に終わりましたが、不幸にしてこの日本公演最終日(大阪フェスティバルホールでの9月26日の公演)のちょうど半年後の3月26日、巨匠は惜しまれつつこの世を去ってしまいました。たしかに舞台ではしっかりとした足取りで歩いていましたので(DVDに収録されているインタビューではじつに張りのある明るい声で話されています)、ちょっとその報に信じられないものがありましたが、後に演奏会が終わると一人で歩けない状態になったこともあったということを聞いた時、むしろよくこの公演が実現されたものだと思ったものでしたし、日本に来てくれたヨッフムに深い感謝の念を抱いたものでした。

 オイゲン・ヨッフムはある意味偉大な司祭だったような気がします。聴いた人々をすべて幸福にし、そしてより優れた存在とするような福音を、音楽をとおしてふりまいていったような気がします。80年を超える人生の積み重ねの上になりたち、そしてそこから多くの人々に福音を与えてくれた司祭オイゲン・ヨッフム。亡くなられた時にNHKはその年のはじめに放送した前年の来日演奏会とインタビュー(当DVD収録)を再度そのまま放送し、その冥福を祈りました 

 このDVDはそんな一人の指揮者による福音の記録としても、末永く大事にされ続けてほしいと強く願っています。
 
 余談ですが、この年のコンセルトヘボウ公演におけるコンサートマスターは、かつてレニングラードフィルの第一コンサートマスターとして活躍し、ムラヴィンスキーとも三度来日した名手ヴィクトル・リヴェルマン。カルロス・クライバー指揮によるコンセルトヘボウとのベートーヴェンのDVDでもその姿がありましたが、今回彼もコンセルトヘボウ同様9年ぶりの来日をはたしました。リヴェルマンは、1977年のムラヴィンスキーとのチャイコフスキーの5番、そして今回のブルックナーの7番におけるコンサートマスターの大役を果していたということで、個人的にたいへん印象深いコンサートマスターとなっています。

(アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団/
指揮者:オイゲン・ヨッフム、ウラディミール・アシュケナージ)

9月16日:東京文化会館/ヨッフム
ワーグナー/トリスタンとイゾルデ、前奏曲と愛の死
ブルックナー/交響曲第7番

9月17日:昭和女子大人見記念講堂/ヨッフム
モーツァルト/交響曲第33番
ブルックナー/交響曲第7番

9月18日:昭和女子大人見記念講堂/アシュケナージ
ドヴォルザーク/交響曲第8番
ラヴェル/道化師の朝の歌
ドビュッシー/海

9月19日:長岡市立劇場/アシュケナージ
ラヴェル/道化師の朝の歌
モーツァルト/ピアノ協奏曲第17番(P/ウラディミール・アシュケナージ)
ドヴォルザーク/交響曲第8番

9月20日:福島市音楽堂/アシュケナージ
ラヴェル/道化師の朝の歌
モーツァルト/ピアノ協奏曲第17番(P/ウラディミール・アシュケナージ)
ドヴォルザーク/交響曲第8番

9月22日:千葉市文化会館/ヨッフム
ワーグナー/トリスタンとイゾルデ、前奏曲と愛の死
ブルックナー/交響曲第7番

9月23日:藤沢市民会館/アシュケナージ
ラヴェル/道化師の朝の歌
モーツァルト/ピアノ協奏曲第17番(P/ウラディミール・アシュケナージ)
ドヴォルザーク/交響曲第8番

9月24日:名古屋市民会館/アシュケナージ
ラヴェル/道化師の朝の歌
モーツァルト/ピアノ協奏曲第17番(P/ウラディミール・アシュケナージ)
ドヴォルザーク/交響曲第8番

9月25日:明石市民会館/ヨッフム
モーツァルト/交響曲第33番
ブルックナー/交響曲第7番

9月26日:フェスティバルホール/ヨッフム
ワーグナー/トリスタンとイゾルデ、前奏曲と愛の死
ブルックナー/交響曲第7番 

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

スヴェトラーノフ&ロシア(ソ連)国立響日本公演(DVD)
SV


 自分は上のDVDの1987年の公演を実際に聴いていますが、ここではこの公演の感想とDVDを観た感想をひとつにして以下に記したいと思います。

 この公演の前年の5月にはフェドセーエフ指揮モスクワ放送響、夏にはロジェストヴェンスキー指揮ソビエト国立文化省、秋にはマリス・ヤンソンス指揮レニングラードフィルが立て続けに来日しており、1985年に共産党書記長に就任し、ペレストロイカを進めたゴルバチョフの登場があったとはいえ、たった一年の間に当時ソ連の第一線オケを次々と聴けたのはじつにありがたいことでした。(特にソ連のアフガニスタン侵攻以降、日本との関係が冷え切っていた時期にはまったくソ連のオケが来日しなかった年もあっただけに尚更でした。)そしてそのトリとなったのが、このスヴェトラーノフ指揮ソビエト国立交響楽団でした。

 当時まだムラヴィンスキー在世時で、しかもこの公演の二ヶ月前にムラヴィンスキーが地元で指揮台に立ち健在ぶりを示していたということもあり(結果的にはそれがムラヴィンスキー自身最後の演奏会ではありましたが)、まだ当時はスヴェトラーノフ自身自分がソ連指揮者界の最高峰という考えは、59歳という年齢もあり明確には無かったかもしれませんが、この日の公演曲目はよくよくみると、どれもスヴェトラーノフの十八番ではあるものの、どれもがムラヴィンスキーの十八番中の十八番でもあり、日本でもムラヴィンスキーが指揮している曲目で固められていることから、このあたりにスヴェトラーノフの「ムラヴィンスキーの十八番であろうが、自分が指揮すればそのようなものは関係ない」という強い自負というか自信のようなものがあったように見受けられたものでした。もちろんそれには当時最盛期を迎えその関係が二十年を超えるものとなっていた、手兵ソビエト国立交響楽団あればこそではありますが。

1987年5月25日:東京文化会館

グリンカ/ルスランとリュドミラ、序曲
チャイコフスキー/フランチェスカ・ダ・リミニ
ショスタコーヴィチ/交響曲第5番


 スヴェトラーノフの実演を聴くのは1983年以来四年ぶり。前回と同様メインがショスタコーヴィチの5番のプログラムでしたが、今回はソビエトオケ恒例ともいえる協奏曲ものはなく、完全なスヴェトラーノフのみによる演奏会となりました。

 一曲目のグリンカの冒頭、コントラバスが唸りを上げて一斉に弾き出した瞬間、あまりの音のゴリゴリ感の凄さと音圧に会場内にどよめきがおき、あちこちから小さいながらも「わー」「すげえ」という声と「シー」「静かに」という声が交錯する、めったにお目にかかれない状況となりました。これほどのゴリゴリ感と音圧はこの公演の十年前同ホールでショルティとシカゴが演奏した「ドン・ファン」の冒頭以来でして、まさかまたこういう強烈な音を聴かされるとは思ってもみませんでした。もっともこちらはシカゴと違い、より重心が低いため、何か巨大な蒸気機関がいきなりトップスピードで動き出したような感があったのですが…。

 ところでこの一曲目。じつはNHKでの本放送時にはなぜかこの曲だけカットされてしまったのですが、DVDではこの曲もちゃんと収録されていました。録音上なにかのアクシデントがおきたか、それともテープが破損してしまったのかと長年思っていただけに、こうして二十年ぶりにその演奏が聴けたのには感謝感謝です。

 続く二曲目。これがまた重厚かつ情感の濃すぎるくらい濃い「フランチェスカ」が鳴り響き、スヴェトラーノフ節全開となったのですが、このとき自分のいた三階L側の座席において演奏中ちょっと妙な気配を感じ横を向くと、なんと空席二つを挟んだ同列に座っているご婦人が「お寿司」を食されておりました。もし隣だったら「では私も」とおひとつといただいたかもしれませんがそうもいかず、けっきょくそのまま。文化会館が一瞬歌舞伎座に感じたひと時でした。まあたしかにお食事の音は聴こえてなかったのであれなのですが…。

 しかしなんと重厚長大な「フランチェスカ」でしょう。歌うところは歌い、荒れるところでは荒れる。でもしっかりとした土台があるので、激しい追い込みをみせてもまったく均衡を逸するところがない。1978年公演での「悲愴」のように後先考えない捨て身のような演奏ではないものの、凄絶なドラマづくりという意味では同等なものがここにはありました。この時期のライヴにおけるスヴェトラーノフの特徴が如実に現れた演奏といえるでしょう。

 ところで開演前会場に貼りだされたこの日の公演のタイムスケジュールで、この二曲目の「フランチェスカ」の演奏予定時間が26分と書かれていたのですが、これには「え?」という表情されていた方が多く、そういう意味ではけっこう開演前に話題になっていた曲でしたが、前半終了時の休憩時に「あれじゃあ26分かかるわ」という声が出たほど、とにかくこれは怒涛のスケールと激烈なドラマを併せ持った重厚長大な「フランチェスカ」でした。因みにスヴェトラーノフが「フランチェスカ」を日本で指揮したのは後にも先にもこの日の一公演のみのはずです。

 そして後半のショスタコーヴィチ。これは83年に新宿厚生年金で聴いた解釈をさらに推し進めたものとなっており、よりダイナミックでより抉りこんだような印象を受けたものでしたし、ポニーキャニオンから発売されたスタジオ録音のものともかなり印象のことなるものでした。

 いかにもスヴェトラーノフらしい重厚で、ショスタコーヴィチもまたロシア音楽のひとつに他ならないといったかんじの、とにかく野太く豪快な演奏で、ムラヴィンスキーともバーンスタインとも両極の、「巌」のようなショスタコーヴィチとなりました。ただ第一楽章の展開部に入った時の弦の厳しいピチカートにもみられるように、単純に野太く豪快になったというのではなく、厳しい姿勢と凄み、そして緊張感の絶大さも格段に増しており、スヴェトラーノフがここ数年で急速に円熟味を増したことを如実に示す演奏となりました。それにしてもこれほど打っても叩いてもビクともしないショスタコーヴィチなんて、そうそうお耳にかかれるものではありません。これはこれで自分は偉大な演奏のひとつと評価したいと思います。

 その後アンコールで、スヴィリドフの「吹雪」から「ワルツ・エコー」を演奏。これがまた十八番ということもあり、じつに幸福感と哀愁感が満ち溢れた秀演となっていました。スヴェトラーノフの指揮も腕を組んでの仁王立ちという、いかにも「らしい」パフォーマンスをみせたりと、演奏会では聴くだけではなく視覚的なものもまたおろそかにしない、ある意味舞台人気質のようなものを強くここでは感じさせられたものでした。(もっともこれは聴衆だけではなくオケに対してのポーズという要素もあるのでしょうが…) こういうスヴェトラーノフの指揮ぶりをみていると、例えばムラヴィンスキーの場合、会場ホール内の入場者がみな「聴衆」であるのに対し、スヴェトラーノフの場合は「聴衆」であり「観客」であるという捕らえ方をしているのがじつによくわかります。かつてジャズでルイ・アームストロングのコンサートが「お祭り(もしくは祭儀)」のようなものであるのに対し、デューク・エリントンのそれは「儀式」のようだという言葉を聞いたことがありますが、ここにおいてのスヴェトラーノフのそれは、ルイ・アームストロングのそれと同じような感覚がそこにはあるのかもしれません。そしてそれが録音における「後世に残すための歴史的資料」という要素に変わるものなのかもしれません。

スヴィリドフが終わり観客の拍手が続く中、「さてそういえば前回のときは四曲もアンコールがあったなあ」ということをふと思い出し、この後も当然あるだろうなと思ったら、始まるには始まったものの、なんと始まったのがハチャトゥリヤンの「スパルタカス」から「アダージョ」。「これはアンコールナンバーじゃないだろう」と正直びっくり。たしかにかつてショルティ指揮のシカゴが「幻想交響曲」を演奏した後のアンコールに、ワーグナーの「タンホイザー」序曲を演奏したことはあったけど、あのときはそれ一曲。今回はアンコールの二曲目だ。「この演奏会ひょっとしてグリンカとチャイコフスキーが前半、休憩を挟んでショスタコーヴィチが中半で、アンコールからが後半という、いわば三部構成かあ?」と思ったくらいでした。演奏はこれまた濃厚巨大で、夢と官能がせりあがるように熱く歌いこまれた、それこそ思いっきり感情の中心にストレートに訴えかけてくる、胸いっぱいの思いの丈をぶつけてくるような強烈な演奏で、もう演奏が終わったときには気持ちがいっぱいになってしまったものでした。

ですが、それにもかかわらず「二曲とはいえかなり時間を費やしてるしこれで終わりかなあ。ほんとなら前回はアンコール四曲目に「レズギンカ舞曲」を聴いてるから今回は「剣の舞」を聴きたいところだけど…」などと、とんでもなく贅沢なことを考えて拍手をしていたら…

…その「剣の舞」がいきなり演奏されはじめた。そしてこれがもうとんでもないほどの超爆演。弦がザクザクとリズムを刻み金管が猛獣のような唸り声をあげる。特にスネギリョフのティンパニーは、ティンパニーではなく直接文化会館の舞台床をぶっ叩いているのではないかというほどの、とにかく床ごと踏み抜くような超極太の叩きっぷりで、これぞソ連オケの醍醐味というものがありました。

この演奏終了後、スヴェトラーノフがティンパニーのところまでいき、肩を組みながら満面の笑みをうかべスネギリョフと二人で舞台前までいき、観客に挨拶をさせていたのがとても印象に残っています。残念なことにこの部分は映像として残っていないようですが、とにかく指揮者もティンパニーも会心の大名演でした。おそらく二度と聴くことのできない「剣の舞」だと思います。

それにしてもこのときのこのオケの状態は最高でした。どこまで炸裂しても余裕をもった音を常に出していましたし、スケールも凄みも圧倒的なものがありました。弦の地力やその伸びのよさも素晴らしく、この後の来日公演よりひとつ上をいく状態であったと思います。スヴェトラーノフとソビエト国立響の来日公演でも、最高のパフォーマンスを聴かせた演奏会のひとつでした。

自分にとってスヴェトラーノフの実演で聴いた演奏の中で最高の一曲というと、1995年のサントリーホールでの「法悦の歌」なのですが、ひとつの演奏会といわれると、この1987年5月25日の公演となります。その演奏会がこうしてDVDになったのはほんとうに嬉しいです。そういえばこのホールでこの演奏会から約二週間後に、サイモン・ラトル指揮バーミンガム市交響楽団の演奏会がありした。スヴェトラーノフとはじつに対極的ともいえるこの演奏会も、じつはNHKが収録し後日放送していました。こちらもぜひ見てみたいものです。

あとスヴェトラーノフのその指揮ぶり。同じガウク門下ということもあるのかもしれませんが、ときおりムラヴィンスキーそっくりの指や手の動きをみせるところがありビックリさせられるものがありました。こういうところもこのDVDをみる楽しみのひとつといえると思います。

因みにこのDVDにはこの十年後の来日公演も収録されていますが、指揮者の堂々とした円熟に反比例しオケがやや1987年時に比べ力を落としているのが伺えます。これがこのオケにとって「民主化のもたらした弊害」であることは、当時話題だったロシア初の民営オケ、ロシア・ナショナル管の演奏がそれを物語っているといえるでしょう。この三年後、2000年の5月にはこのコンビの来日公演が予定されていたものの、この公演は実現しませんでした。オケとスヴェトラーノフの間にいくつかの理由で不穏な空気が流れ、結局スヴェトラーノフがこのオケのトップから去るという事態がおきてしまったのです。このため悲しいことにこの1997年公演がこの黄金のコンビの最後の来日公演となってしまいました。

その後もスヴェトラーノフは何回かN響に客演、2000年の秋にも客演し健在ぶりを示しました。しかし半年後の翌年春のロシア・ナショナル管との来日公演は体調を崩し来日を断念。そしてその一年後にまったく突然に急逝されてしまいました。手塩にかけて育てた手兵と別れてから二年も経たずにして亡くなられたことから、このオケとの関係の終焉がその心身に大きな影響を与えたのではといろいろと取りざたされたものでした。そしてその手兵の国立交響楽団。現在スヴェトラーノフを尊敬しているゴレンシュテインが指揮をとっているものの、来日がすでに十年以上途絶えているせいか、わずかな録音でしか現状が推し量れないのでなんとも言えない。ただかつては日本にとって御馴染みのオケだっただけに、この現状はあまりにも寂しいものがあります。

このように現在では今は昔ではありますが、特に1987年公演のそれに最盛期のスヴェトラーノフ指揮国立響の縦横無尽ともいえるような至芸を心行くまで堪能できるこのDVD。スヴェトラーノフ生誕八十年を迎える今年に相応しい「作品」といえるでしょう。鉄板のお薦めです。

ただひとつ残念なことがあります。それはこういうものには公演資料等をつけるべきではないのかと言うことです。このあたりは今後ぜひ一考を願いたいところです。ということで最後に各公演の、全公演曲目を記しておきたいと思います。

1987
ソビエト国立交響楽団
(指揮者:エフゲニー・スヴェトラーノフ、マルク・エルムレル)

5月12日:聖徳学園川並記念講堂/エルムレル
チャイコフスキー/くるみ割り人形、抜粋
チャイコフスキー/ロミオとジュリエット
チャイコフスキー/マンフレッド交響曲

5月13日:サントリーホール/スヴェトラーノフ
ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第3番(P/中村紘子)
チャイコフスキー/マンフレッド交響曲

5月14日:浜松市民会館/エルムレル
チャイコフスキー/くるみ割り人形、抜粋
チャイコフスキー/ロミオとジュリエット
チャイコフスキー/交響曲第5番

5月15日:千葉文化会館/スヴェトラーノフ
グリンカ/ルスランとリュドミラ、序曲
チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番(P/中村紘子)
チャイコフスキー/交響曲第5番

5月16日:足利市民会館/エルムレル
グリンカ/ルスランとリュドミラ、序曲
ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第3番(P/中村紘子)
チャイコフスキー/交響曲第5番

5月17日:シンフォニーホール/スヴェトラーノフ
チャイコフスキー/くるみ割り人形、抜粋
チャイコフスキー/ロミオとジュリエット
ショスタコーヴィチ/交響曲第5番

5月20日:八戸市公会堂/エルムレル
グリンカ/ルスランとリュドミラ、序曲
チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番(P/中村紘子)
チャイコフスキー/交響曲第5番

5月21日:石巻市民会館/エルムレル
グリンカ/ルスランとリュドミラ、序曲
チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番(P/中村紘子)
チャイコフスキー/交響曲第5番

5月22日:喜多方文化センター/エルムレル
グリンカ/ルスランとリュドミラ、序曲
チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番(P/中村紘子)
チャイコフスキー/交響曲第5番

5月24日:神奈川県民ホール/スヴェトラーノフ
グリンカ/ルスランとリュドミラ、序曲
チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番(P/中村紘子)
ショスタコーヴィチ/交響曲第5番

5月25日:東京文化会館/スヴェトラーノフ
グリンカ/ルスランとリュドミラ、序曲
チャイコフスキー/フランチェスカ・ダ・リミニ
ショスタコーヴィチ/交響曲第5番

5月27日:神戸文化ホール/スヴェトラーノフ
グリンカ/ルスランとリュドミラ、序曲
ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第3番(P/中村紘子)
ショスタコーヴィチ/交響曲第5番

5月28日:広島厚生年金会館/スヴェトラーノフ
グリンカ/ルスランとリュドミラ、序曲
チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番(P/中村紘子)
ショスタコーヴィチ/交響曲第5番

5月29日:姫路文化センター/エルムレル
グリンカ/ルスランとリュドミラ、序曲
チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番(P/中村紘子)
ショスタコーヴィチ/交響曲第5番

5月31日:熊本県立劇場/エルムレル
グリンカ/ルスランとリュドミラ、序曲
チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番(P/中村紘子)
ショスタコーヴィチ/交響曲第5番

6月1日:福岡サンパレス/スヴェトラーノフ
チャイコフスキー/くるみ割り人形、抜粋
チャイコフスキー/ロミオとジュリエット
チャイコフスキー/交響曲第5番

6月2日:鹿児島文化センター/エルムレル
グリンカ/ルスランとリュドミラ、序曲
チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番(P/中村紘子)
チャイコフスキー/交響曲第5番

6月4日:富山市公会堂/エルムレル
チャイコフスキー/くるみ割り人形、抜粋
チャイコフスキー/ロミオとジュリエット
ショスタコーヴィチ/交響曲第5番


1997
ロシア国立交響楽団
(指揮者:エフゲニー・スヴェトラーノフ)

4月17日:鳥取県民文化ホール
チャイコフスキー/スラヴ行進曲
グラズノフ/ヴァイオリン協奏曲(VN/諏訪内晶子)
マーラー/交響曲第1番

4月18日:砺波市文化会館
チャイコフスキー/スラヴ行進曲
グラズノフ/ヴァイオリン協奏曲(VN/諏訪内晶子)
チャイコフスキー/交響曲第5番

4月20日:シンフォニーホール
チャイコフスキー/スラヴ行進曲
チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲(VN./樫本大進)
チャイコフスキー/交響曲第5番

4月21日:サントリーホール
チャイコフスキー/スラヴ行進曲
チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲(VN./樫本大進)
チャイコフスキー/交響曲第5番

4月23日:東京国際フォーラムC
チャイコフスキー/スラヴ行進曲
ラフマニノフ/パガニーニの主題による狂詩曲(P/中村紘子)
ブラームス/交響曲第1番

4月24日:岡谷市民会館
チャイコフスキー/スラヴ行進曲
ラフマニノフ/パガニーニの主題による狂詩曲(P/中村紘子)
チャイコフスキー/交響曲第5番

4月26日:愛知芸術劇場
チャイコフスキー/スラヴ行進曲
ラフマニノフ/パガニーニの主題による狂詩曲(P/中村紘子)
チャイコフスキー/交響曲第5番

4月27日:アクトシティ浜松
チャイコフスキー/スラヴ行進曲
ラフマニノフ/パガニーニの主題による狂詩曲(P/中村紘子)
チャイコフスキー/交響曲第5番

4月28日:東京芸術劇場
モーツァルト/交響曲第34番
マーラー/交響曲第1番

5月2日:泉の森ホール
チャイコフスキー/スラヴ行進曲
ラフマニノフ/パガニーニの主題による狂詩曲(P/中村紘子)
チャイコフスキー/交響曲第5番

4月30日-5月4日:泉の森ホール(レコーディング)
ラフマニノフ/パガニーニの主題による狂詩曲(P/中村紘子)
ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第1番(P/中村紘子)
※このセッション最終日がスヴェトラーノフと同オケの日本での最後の演奏となる。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



カテゴリー



カレンダー

08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。