演奏会雑録帳
2001年以前に行った演奏会の感想です。本体記事と重複してるものもあります。
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エフゲニー・スヴェトラーノフ&ソビエト国立交響楽団日本公演(1978)
(この項目は他サイトの拙稿を2009年6/26に加筆改定したものです)

 スヴェトラーノフは1968年の初来日以降2000年に至るまで何度も来日を果たしているが、その中でも1990年のチャイコフスキー交響曲全曲演奏会や1989年のボリショイオペラとの来日公演と並んでいまだ語り草となっているのが、1978年自身三度目となる来日公演。当時スヴェトラーノフ50歳。今回はこの公演のDVDをとりあげます。

ES.jpg

DVD番号 : NSDS9489
発売元 : NHK エンタープライズ

(このDVDは一般の方からの寄贈素材をマスターにしているということですが、画質も音質も自分の予想よりもずっと良好なものでした。)

 ソビエト国立交響楽団が1968年に4年ぶり2度目の来日公演は、当時とてつもない反響をまきおこしました。当時39歳だった初来日の指揮者スヴェトラーノフによる、ストラヴィンスキーの「春の祭典」がそれでした。前日の午後4:30に横浜港にハバロフスク号で来日したばかりにもかかわらず、この演奏は「激烈極まる強大な演奏」「講堂をゆるがす演奏」と形容され、その見事なアンサンブルとともに圧倒的な賞賛をうけました。(当時NHKがこの来日公演の「マンフレッド交響曲」を録音していました。) その後、このコンビは72年に来日しましたが、この時はオケのメンバーをかなり入れ替えた直後らしく、平均年齢35歳というものでしたが。多少オケが過渡期にあたっていたらしく、それほどの大きな話題を与えるまでにはいたりませんでした。

ですが、このコンビによる3回目のこの1978年公演は、指揮者自らが記憶に残るといったほどの大規模公演で、第2回ロシア・ソビエト音楽祭の一環として行われました。モスクワ放送合唱団、ピアノのペトロフ、そして作曲者のタクタキシヴィリやフレンニコフも同行し、自作の指揮やピアノを受け持ちました。

この公演は10月11日から30日にかけておこなわれましたが、最大のピークは、20日と21日のNHKホールでの公演でした。そしてNHKで放送された前述したこの21日の演奏会はたいへんな演奏となりました。自分はこれを後にNHKのTVとFMでそれらと接することとなります。

(因みに「悲愴」と「森の歌」がいっしょに放送された時、自分はこれを当日まで放送されることをまったく知らず、午後七時のニュース前にその日の夜の放送の宣伝として、スヴェトラーノフが「森の歌」を指揮しているシーンが放送されているのをみて初めてそれを知ったのですが、これがなかなか強烈な演奏をしておりまして「こりゃたいへんことになってるな」ということで、急遽観ることにしたものでした。それ以前にFMでもその凄まじい演奏を聴いはいたのですが、視覚的な衝撃はそれをうわまわるものがありました。)


10月21日:NHKホール
チャイコフスキー/交響曲第6番「悲愴」
ショスタコーヴィチ/オラトリオ「森の歌」


前半の「悲愴」は1時間近くかかる巨大かつ凄絶なかぎりをつくした演奏で、第一楽章から尋常でない音楽へののめりこみと、その音楽の重さをオケが必死にささえ、木管など木霊が飛び散っていくようなささくれだった音を吹奏するような緊急事態。オケが随所に綻びをみせながらも必死で音楽に食らいついている。特に展開部の怒号のような響き!まるでブレーキの壊れたダンプカーが地獄の底に向かって突っ込んでいくかのよう鋭い切れ味を伴った猛烈なアッチェランド。そしてその最後にあらわれる、それらすべてを呑み込むような、怒涛のごとき巨大な津波のような大リタルダント。とにかくそれらすべてがあまりにも凄まじい。

第二楽章は意外なほど軽やかだったものの、第三楽章はまさに驚天動地のド迫力。行進曲後半ではスヴェトラーノフお得意の、音の流れが出来ると直立不動のまま指揮台で目配せだけでオケを指揮するポーズまで出て、まさに圧巻。場内からわずかながら拍手もおきていた。(スヴェトラーノフはそれをきらい左手で制するようなポーズをみせていた)だがさらに凄かったのは終楽章。

これを慟哭と言わずして何と言うべきか!もはや音楽が阿鼻叫喚の世界にまで突入しているし、後半の音楽の没入の仕方はスヴェトラーノフ史上空前絶後ののめり込みと抉りこみをみせ、音楽とともにチャイコフスキーの深遠の限界にまで沈み込んでいこうとしているようだ。しかも随所に聴かせる激しい音楽の押し出しがまるで怒号のように鳴り響く。慟哭と怒号が交錯する、こんな極太な凄絶の限りを尽くしきった「悲愴」は少なくとも自分は聴いたことがない。

ソビエト国立響の感情の爆発もまた凄まじく、たしかにとんでもない音が随所に飛び出したりしているが、それがどうしたというくらいの、とにかくなりふり構わぬ演奏が行われている。かつて吉田秀和氏が「墓石を揺るがす」と形容した72年の「悲愴」をうわまわるのではないかと思われるほどの、指揮者渾身の、それこそあらんかぎりの思いの丈のすべてをぶつけ、そして叩きつけたような凄絶の限りをつくしたその音楽を、オケがこれまた渾身の描ききりをみせている。

この演奏、唯一の心残りは最後の拍手の出。できればスヴェトラーノフもそうだっただろうが、もっとじっくりと最後の余韻を聴いていたかったけど、残響の豊かではないホールに育てられた国民の悲しさ。この当時はそういうことなかなか望めなかったのだろう。

ただそれでもこの「悲愴」の凄さと素晴らしさは無類で、これが実演で聴けた方には本当に羨望を禁じえないものがあります。しかしそれにしても正直これでまだ前半とはとんでもない演奏会だ。

(私事で恐縮ですが、自分はこの公演とスイトナーとベルリン国立歌劇場によるブルックナーの交響曲第7番との二者択一に当時迫られていた。このため泣く泣くスイトナーをとったのだか、今考えるとどちらをとっても泣かねばならなかったことを思うと、これはもうしかたないことだったのかもしれません。)

さて後半の「森の歌」は一転して豪麗ともいえるほどの規格外な超弩級演奏で、終曲の舞台袖にいた金管の別働隊を含めた最後の音など、どこまでひっぱるのかというくらい、なりふりかまわぬ長大なものとなり、途中息つぎをしながら吹きつづける奏者がいたのではないかというほどのものとなりました。それは指揮者が「この曲とともに死んでやる!」というくらいの咆哮ぶりで、これを聴いて何も感じない人間などこの世にいるだろうか?というほどの恐ろしい決め付けをしたくなるほどの、とにかくとてつもない演奏でした。
(またここでのスネギリョスのティンパニーが、巨人の鉄槌と表現したくなるほどの物凄い音を一音一音、それこそちょっと陳腐な表現で申し訳ありませんが、「魂を込める」ような音を出していたのがこれまたどうしようもないくらい凄かった。)

この時の演奏は、前記した68年の「春の祭典」以上ではないかと思われるほどの嵐のような圧倒的な興奮を、会場だけでなくTVやラジオで接した人々の間にも巻き起こしました。放送翌日自分も知人に「あれは異常だろ!」といって語り合ったものでした。また別の日にこの公演のことを「NHKホールで去年はムラヴィンスキーの5番。そのほぼ一年後にスヴェトラーノフの悲愴。ほんとに自分はついている。」と話している方を演奏会場でみかけたものでしたが、正直「そうです。あなたはほんとうについています。」とこちらも思ったものでした。

ところでこの時又聞きではありますが、演奏終了後のあるエピソードが自分は心温まるものを感じたものでした。それは「森の歌」の演奏に参加した、東京荒川少年少女合唱隊のことです。演奏終了後、オケの合唱も全員起立して拍手を受けているのですが、ただでさえ小さな児童のまわりを体格の大きな外国人が囲んだような配置となっているため、起立した瞬間児童合唱団の姿が埋没してしまうかんじになってしまいました。これに気付いたスヴェトラーノフは児童合唱団から二人のメンバーを招き、指揮台の上に立たせて、聴衆からの拍手をうけさせていたとのこと。この事柄がいまでもとてもスヴェトラーノフの人柄をうかがえるエピソードとして印象に残っています。因みにこのDVDではそれとはまた違った、じつに心温まるシーンが収録されています。

この指揮者自身も強く記憶に残っているという1978年来日公演。その中でもある意味伝説と化している「慟哭の悲愴」と「超弩級の森の歌」。たしかにオケはその異常な雰囲気に巻き込まれてか、あちこちいろいろと、とっちらかった音を出してはいますが、ここまで「音楽とともに死んでやる!」といった壮絶な演奏はそうそう聴けたものではありませんし、おそらくスヴェトラーノフ録音中でも最も壮絶かつ凄絶な限りを尽くしきった演奏といえるでしょう。

ただ今回のDVDをみていると、にもかかわらずスヴェトラーノフがどんなに音楽が激しくなっても、自己に対して妙に冷静な面があらわれていたのも印象的で、こういうところにこの指揮者の一種の複雑さをみるおもいがしたものでした。

この放送終了後以来、このときのLPはでないか、CDは出ないか、DVDは出ないか…と、30年間待ちに待ったものでした。このDVD化を実現させた多くの関係者の皆様、特に今回のこの演奏会のマスターをNHKに提供し実現に最大の貢献をされたF様には深く感謝の意を表します。

最後に、この頃のスヴェトラーノフはまだ指揮棒をときおり使用しており、また指揮台の上の扇風機も後年の赤いものではなく、白く横長の大きなものでした。



1978年ソビエト国立交響楽団来日公演
(指揮者:エフゲニー・スヴェトラーノフ、ウラディミール・ヴェルビツキー、オタール・タクタキシヴィリ)

10月11日:神奈川県民ホール/スヴェトラーノフ
ムソルグスキー/ホヴァンシチナ、前奏曲
チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番(P/ニコライ・ペトロフ)
ショスタコーヴィチ/森の歌

10月12日:フェスティバルホール/ヴェルビツキー
グリンカ/ルスランとリュドミラ、序曲
チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番(P/ニコライ・ペトロフ)
チャイコフスキー/交響曲第5番

10月13日:フェスティバルホール/スヴェトラーノフ
チャイコフスキー/交響曲第6番
スヴィリドフ/悲愴オラトリオ

10月14日:福岡市民会館/スヴェトラーノフ
ムソルグスキー/ホヴァンシチナ、前奏曲
ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第2番(P/ニコライ・ペトロフ)
ショスタコーヴィチ/森の歌

10月15日:熊本市民会館/スヴェトラーノフ
ムソルグスキー/ホヴァンシチナ、前奏曲
ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第2番(P/ニコライ・ペトロフ
ショスタコーヴィチ/森の歌

10月17日:福島文化センター/ヴェルビツキー
チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番(P/ニコライ・ペトロフ)
チャイコフスキー/交響曲第6番

10月18日:岡山市民会館/ヴェルビツキー
グリンカ/ルスランとリュドミラ、序曲
チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番(P/ニコライ・ペトロフ)
チャイコフスキー/交響曲第5番

10月19日:名古屋市民会館/スヴェトラーノフ
グリンカ/ルスランとリュドミラ、序曲
シチェドリン/ピアノ協奏曲第2番(P/ニコライ・ペトロフ)
チャイコフスキー/交響曲第5番

10月20日:NHKホール/スヴェトラーノフ
タクタキシヴィリ/グルジアの歌(この曲のみ指揮/タクタキシヴィリ)
スヴェトラーノフ/ピアノ協奏曲第1番(P/ニコライ・ペトロフ)
ショスタコーヴィチ/交響曲第5番

10月21日:NHKホール/スヴェトラーノフ
チャイコフスキー/交響曲第6番
ショスタコーヴィチ/森の歌

10月22日:長岡市立劇場/ヴェルビツキー
グリンカ/ルスランとリュドミラ、序曲
チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番(P/ニコライ・ペトロフ)
チャイコフスキー/交響曲第5番

10月24日:八戸市公会堂/スヴェトラーノフ
チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番(P/ニコライ・ペトロフ)
チャイコフスキー/交響曲第6番

10月26日:札幌厚生年金会館/ヴェルビツキー
グリンカ/ルスランとリュドミラ、序曲
チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番(P/ニコライ・ペトロフ)
チャイコフスキー/交響曲第5番

10月27日:厚生年金会館/スヴェトラーノフ
フレンニコフ/交響曲第3番
フレンニコフ/ピアノ協奏曲第2番(P/ティホン・フレンニコフ)
チャイコフスキー/交響曲第5番

10月28日:足利市民会館/スヴェトラーノフ
チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番(P/ニコライ・ペトロフ)
チャイコフスキー/交響曲第6番

10月30日:埼玉会館/スヴェトラーノフ
チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番(P/ニコライ・ペトロフ)
チャイコフスキー/交響曲第6番
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