演奏会雑録帳
2001年以前に行った演奏会の感想です。本体記事と重複してるものもあります。
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ラファエル・クーベリック&チェコフィルハーモニー日本公演(1991)
クーベリックの1991年の来日公演は自分にとって特別なものがあります。それは1975年にまでさかのぼることとなります。

1975年クーベリックはバイエルン放送響とともに十年ぶりの来日を果たしました。この頃のクーベリックはドイツ・グラモフォンでもカラヤンやベームとならんで売り出されていた指揮者で、音楽雑誌でグラモフォンの広告をみると、よくこの三人の顔写真が並んでいたものでした。

当時のプログラムは四種類。
(1)
モーツァルト:交響曲第38番
フォルトナー:「血の結婚式」間奏曲
ベートーヴェン:交響曲第7番

(2)
スメタナ:わが祖国

(3)
ワーグナー:タンホイザー、序曲
ヒンデミット:ウェーバーの主題による交響的変容
ドヴォルザーク:交響曲第8番

(4)
マーラー:交響曲第9番
モーツァルト/交響曲第38番
フォルトナー/血の結婚式、間奏曲
ベートーヴェン/交響曲第7番

というもので、正直たまらないものがありましたが、同時期にムラヴィンスキー指揮レニングラードフィル、ブーレーズ指揮BBC交響楽団が来日。当時はいろいろな理由でこの中からの三者択一を迫られたため、考え抜いた末今後再来日が一番可能性として危険な病弱かつ最年長だったムラヴィンスキーを選んだものでした。

このときムラヴィンスキーだけTVやラジオにおける放映放送がなく、他の二公演は放映放送があったため、当時一応OKと思っていたのですが、その後この決断が一転大裏目となってしまいました。ムラヴィンスキーはその後二度来日したものの、ブーレーズもクーベリックもその後来日が途絶え、しかもクーベリックはその後バイエルン放送響を退任、指揮活動を引退してしまったのですからたまらない。このときほど自分の判断の甘さを恨んだことはありませんでした。

それから月日が経ち意外な事態に驚くことになりました。1989年のビロード革命に共産党体制は崩壊、これを機にクーベリックがチェコに42年ぶりに帰国、1990年の「プラハの春」音楽祭でチェコ・フィルを指揮してのスメタナの「我が祖国」で指揮者としてついに復活したのです。その姿はTVで放送され、さらに後日CDやビデオも発売されました。(あとこれと前後して野外広場でチェコの三つのオーケストラが合同で「わが祖国」を演奏したときの指揮台にもクーベリックは指揮をしていました。)

このときのクーベリックの指揮はじつに堂々としたものがあったものの、その想像以上に老いた姿に軽いショックも覚えたのも事実でして、このためクーベリックの復活はあくまでも遠い国での一時的なお話であって、来日などまったく予想も想像もすることはありませんでした。

ですが翌年。「音楽の友」の巻末にあった来日演奏家の紹介におけるチェコフィルハーモニーの項に、クーベリックの顔が掲載されていたことで一気に状況は変わってしまいました。クーベリックの日本での公演はたった二回。おそらくこれが最後の来日…というより、こちらとしては16年間抱き続けていた後悔の念を払拭する最初で最後の機会ということで、通常のチケットではなく、万難を排するため先行して発売された他のチェコフィル公演との全五公演セット券という6万円以上するチケットを購入して当日を迎えました。(因みにこの公演はクーベリック、ノイマン、ビェロフラーベクというチェコフィル指揮者三代というものがひとつの売りでした。)

演奏会当日川崎に立ち寄ったところ、なんと町全体が停電にみまわれるという大事故がおき、開演時刻に間に合わないのではないかという緊迫した状況に見舞われたりしたものの電車の運行には支障がなくホールに無事到着。だがそこでは自分以上に緊迫した状況におかれた人たちが「チケットありませんか」と必死の形相で連呼していました。この人たちの気持ちはほんとうに痛いほどわかるがこちらとしては何にも手を貸すことができない。このためちょっと重たい気持ちでホールに入ったものでした。(しかもあとで当日一階席の一部に招待席と思われる場所にそこそこ空席があったということを聞き、さらにいたたまれなくなったものでした。) ホール内に入るとちょっと異常ともいえるような熱気といいますか、入れ込んだような出来上がり的雰囲気にのまれたのか、自分自身もかなりテンションが上がった状態で着席。そしてついにクーベリックの実演を迎えることとなります。これ以降は今回ご紹介するDVDをみながら当時のことを回想しつつ話をすすめていきたいと思います。

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1991年11月2日土曜日
午後六時開演 サントリーホール


スメタナ/わが祖国:全曲

ホールに入りまず目に入ったのが指揮台の前に置かれた二台のハープ。自分はこの光景に荘厳かつ、言葉ではちょっと表現がうまくできないのですが、とにかく強く心をうたれるものを強く感じ、今日の演奏会はおそらく特別な演奏会になるだろうという予感がしたものでした。

開演時間となりオーケストラが着席。配置はクーベリックが好んで使用する対抗配置。その後クーベリックが登場となったのですが、出てきた瞬間、一年前にテレビでみたときよりも若返ったという印象を強く感じました。おそらく1990年以降におきた一連の事柄がクーベリックを若返らせたのだろうと、そのときは思ったものでした。

冒頭のハープの気高くそして万感の想いをのせた響きも素晴らしかったのですが、その後続いて奏でられた弦の響きがまたとんでもなく素晴らしく、透明かつ清澄、しかも清水が滴るほどのその瑞々しさと、ホールの隅々まで染み渡るような響きの絶景に心の底から清められるようなきさえしたほどでした。この弦の響きの素晴らしさは全曲を通じて保持され、特に「モルダウ」の月光と妖精の部分や、「ボヘミアの牧場と森から」の冒頭からしばらくして現れる弱音によって奏でられる弦の繊細な絡みなどでは、もう音楽遺産とさえよびたくなるほどのものがありました。(それにしてもいくら管楽器が咆哮しても弦の響きも伸びもまるでかき消されることがない。「弦のチェコ」の真髄をこのとき聴いたような気さえしたほどでした。)

クーベリックは対抗配置について弦によってオケの前面に壁をつくる」という意味のことを以前語っていましたが、ここではその壁の透明度がどこまでも高く、弦越しに聴こえる管楽器が弦にさえぎられること無く、最高の響きを聴かせてくれているだけでなく、その弦の壁とのコラボレーションがさらに相乗効果を引き出しているようで、もうこの音の響きや色合いを見聞しているだけでも、なにかとてつもなくありがたい福音を聴いていような気がしたほどでした。

それにしてもチェコフィルの音が尋常ではない。その集中力も凄いけど、その奏でている音楽に気持ちの隙がない。まさに一枚岩の響き。しかもそれは強制されたものではなく、自らの内側からわきあがったものによるもので、途中からチェコフィルハーモニーというひとつの音楽体のような感じさえしたほどでした。(因みにこのときの公演パンフレットにはクーベリック自身による、「わが祖国」における弦の奏法についての一例が語られており、気持ち的なものだけでなく、こういうことの積み重ねがこれだけの音楽を形成していったのかとひどく感心したものでした。因みに今このパンフは長期貸し出しをしているため現在手元に無いので何と発言していたかが思い出せないためここに書き込むことができません。ご了承ください。)

この傾向は音楽が進むにつれさらに強固なものになっていきました。それは「モルダウ」終盤のシンバルの響きが一発ごとに強大に鳴り響き、巨大なただしまったく力づくではない迫力を形成していく様、「シャールカ」での宴の場のリズムの冴えと妙、「ボヘミアの牧場」冒頭の疾風のような滑り込み、そして「ターボル」における弦の強固な響きにじつによくあらわれていました。

そして「ブラニーク」における圧倒的な高揚感と、最後に金管を中心としたまさに黄金の響きによって高らかに音楽を歌い上げたその演奏に終演後、「ひょっとして今回が本当の意味で日本における「わが祖国」の初演となったのではないか」という気持ちさえしたほど、この演奏はとにかく圧倒的でした。(ほんとうはやはりたいへんな評判となった、初日の大阪公演を初演日といった方がいいのかもしれませんが…)

演奏終了後万雷の拍手と歓声を受けて何度もクーベリックは舞台に登場していましたが、このとき舞台から退場するはずのオーケストラの何人かがなかなか舞台から脇に入らず、舞台上のクーベリックをずっと目に焼き付けようとするかのようにしていたことが今でも昨日のことのように覚えています。このような光景はこの三年前のテンシュテットの日本公演初日以来で、オーケストラにとってもこの公演がいかに特別なものであったかをうかがい知ることができたものでした。

それにしても指揮しているクーベリックがじつに若々しい。「その後姿がフルトヴェングラーのようだ」といわれた情熱的な指揮姿も健在で、来日はともかくこれならしばらくは指揮活動を継続できるのでは?と思ったものでしたが、当のクーベリックはそうは思っておらず、来日時のインタビューで「次はベルリンフィルとどうですか?」という質問に、質問者に次回のベルリンフィルの来日時期を聞いたところ、そこまでの時間は無いだろうという、ちょっと意味深な発言をされていました。

たしかに今この映像をみると、演奏終了後急速にクーベリックがやつれていくようにみえたり、やはりクーベリックの体調そのものは現役を退く以前と同じではなかったことが、今になって改めて痛感させられたものでしたが、それでもあれほどの指揮ができたことに、正直大きな感銘と感動を覚えたものでした。

因みに今回の映像は終演後延々と続くスタンディングオベーションをかなり長時間収録しています、ふつうでしたら正直あまりこういうのは必要ではないような気がするのですが、ご存知のようにこれがクーベリック最後の指揮 (シカゴ響とマーラーの交響曲第9番を指揮する予定もあったのですがこれも結局キャンセル、井上道義氏が代わって指揮台に立ちました。) になったことを思うと、これはこれでひとつのドキュメントとしてみるべきものなのかもしれません。(因みに自分もこのときスタンディングオベーションをしていますが、一階席後方にいたためこの画面には映っていません。)

こうしてこの特別ともいえる演奏会は終了しました。この翌日には同ホールで初来日のビシュコフがパリ管とベートーヴェンとショスタコーヴィチの5番というプロで、超ド迫力の名演奏を展開していきましたが、やはりこの前日の演奏はそれにもかかわらずまったく印象も感銘も薄れることはなく、それは今日現在までに至っています。

じつは今回自分はこの公演を初めて映像でみました。じつ当公演後のTVでの放送はなぜか「怖くて」みることができなかったのです。それがなぜかは今でもわかりませんが、今はそういうこともなくこの公演を懐かしく鑑賞しています。当時は「『わが祖国』なんて選曲に能が無さ過ぎる、どうせやるならマーラーの交響曲等をやるべきだった。」という厳しい声もあったようですが、今こうしてこの公演をみると、この演奏が行われ聴かれ語られ、そして遺されたということを今は素直に感謝すべきだと思います。

尚今回のDVDの解説の歌崎さんですが、書いていることはそんなに目新しいことではありませんし当公演に対する文量もそんなにはないのですが、歌崎さんのクーベリックに対する気持ちが随所に感じられ自分としては好感がもてました。映像がこれだけ圧倒的だとむしろ解説はこういう雰囲気のものの方がよいのかもしれません。

最後にやはりこのDVDにも当公演の全貌が記されていません。そろそろちゃんとこういうことは解説書に付録として付けてほしいなと思う今日この頃です。

1991年チェコフィルハーモニー日本公演
指揮 ラファエル・クーベリック、ヴァーツラフ・ノイマン、イルジー・ビェロフラーベク


10月27日:シンフォニーホール/クーベリック
スメタナ/わが祖国

10月28日:佐賀文化会館/ビェロフラーベク
スメタナ/モルダウ
ドヴォルザーク/チェロ協奏曲(上村昇)
ドヴォルザーク/交響曲第9番

10月29日:熊本県立劇場/ビェロフラーベク
スメタナ/モルダウ
チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番(イーゴリ・アルダシェフ)
ドヴォルザーク/交響曲第9番

10月30日:鹿児島文化センター/ビェロフラーベク
スメタナ/モルダウ
ドヴォルザーク/チェロ協奏曲(上村昇)
ドヴォルザーク/交響曲第9番

11月1日:サントリーホール/ビェロフラーベク
ベートーヴェン/レオノーレ序曲第3番
モーツァルト/協奏交響曲
ブラームス/交響曲第1番

11月2日:サントリーホール/クーベリック
スメタナ/わが祖国

11月3日:茅ヶ崎文化会館/ビェロフラーベク
ドヴォルザーク/スラブ舞曲、op46-1,3,7
ドヴォルザーク/チェロ協奏曲(上村昇)
ドヴォルザーク/交響曲第9番

11月4日:高松市民会館/ビェロフラーベク
スメタナ/モルダウ
ドヴォルザーク/チェロ協奏曲(上村昇)
ドヴォルザーク/交響曲第9番

11月6日:聖徳学園/ビェロフラーベク
スメタナ/モルダウ
ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第4番(イーゴリ・アルダシェフ)
ドヴォルザーク/交響曲第9番

11月7日:郡山市民文化センター/ビェロフラーベク
スメタナ/モルダウ
ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第4番(イーゴリ・アルダシェフ)
ドヴォルザーク/交響曲第9番

11月8日:府中の森芸術劇場/ビェロフラーベク
ドヴォルザーク/スラブ舞曲、op46-1,3,7
ドヴォルザーク/チェロ協奏曲(上村昇)
ドヴォルザーク/交響曲第9番

11月9日:群馬音楽センター/ビェロフラーベク
スメタナ/モルダウ
ドヴォルザーク/チェロ協奏曲(上村昇)
ブラームス/交響曲第1番

11月10日:武蔵野市民文化会館/ビェロフラーベク
ドヴォルザーク/スラブ舞曲、op46-1,3,7
チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番(イーゴリ・アルダシェフ)
ドヴォルザーク/交響曲第9番

11月12日:オーチャードホール/ノイマン
ドヴォルザーク/チェロ協奏曲(上村昇)
ドヴォルザーク/交響曲第8番

11月13日:東京芸術劇場/ノイマン
ドヴォルザーク/交響曲第7番
ドヴォルザーク/交響曲第9番

11月14日:宮城県民会館/ビェロフラーベク
ドヴォルザーク/スラブ舞曲、op46-1,3,7
ドヴォルザーク/チェロ協奏曲(上村昇)
ドヴォルザーク/交響曲第9番

11月16日:名古屋市民会館/ビェロフラーベク
ベートーヴェン/レオノーレ序曲第3番
ベートーヴェン/交響曲第9番

11月17日:岡山シンフォニーホール/ビェロフラーベク
ベートーヴェン/レオノーレ序曲第3番
ベートーヴェン/交響曲第9番

11月18日:京都会館/ビェロフラーベク
スメタナ/モルダウ
ベートーヴェン/交響曲第9番

11月20日:大宮ソニックシティ/ビェロフラーベク
ベートーヴェン/レオノーレ序曲第3番
ベートーヴェン/交響曲第9番

11月21日:オーチャードホール/ビェロフラーベク
ドヴォルザーク/スターバト・マーテル

11月22日:グリーンホール相模大野/ビェロフラーベク
ベートーヴェン/レオノーレ序曲第3番
ベートーヴェン/交響曲第9番

11月23日:神奈川県民ホール/ビェロフラーベク
ベートーヴェン/レオノーレ序曲第3番
ベートーヴェン/交響曲第9番

11月24日:柏市民文化会館/ビェロフラーベク
ベートーヴェン/レオノーレ序曲第3番
ベートーヴェン/交響曲第9番

余談ですが、このときチェコフィルハーモニーとの、「第九」と「スターバト・マーテル」で共演するため来日した、プラハ・フィルハーモニー合唱団は、同月に行われた、ベルティーニ指揮ケルン放送とのマーラー交響曲全曲演奏会第三チクルスにおける交響曲第8番に参加。ケルン放送合唱団、南ドイツ放送合唱団、東京少年少女合唱団と共演しました。因みにこのためPブロックすべてを合唱団が使用しての演奏となりました。

ベルティーニ/ケルン放送
11月12日サントリーホール
11月13日サントリーホール
11月14日サントリーホール
マーラー:交響曲第8番
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