演奏会雑録帳
2001年以前に行った演奏会の感想です。本体記事と重複してるものもあります。
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クラウス・テンシュテット&ロンドン・フィルハーモニー日本公演1988(DVD)
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クラウス・テンシュテットの名前を初めて聞いたのは彼の指揮するマーラーの5番のLPが発売されたころで、そのときはカラヤンの後継者のような盛大な謳い文句そこがついてまわっていました。自分はそこになにかレコード会社の誇大広告的な匂いを感じ、あえてこの指揮者を黙殺してしまいました。当然彼の初来日公演(1984年4月)も自分の興味の対象から外れており、他人事のように横目でみながらやり過ごしてしまいました。その後この公演が前評判の期待に違わぬものとなり、特にマーラーがたいへんな評判になったという話を聞いた時、ちょっと次は聞きに行こうかな?という気だけはしました。

その後この公演の評価が高かったこともあり、テンシュテットの指揮でマーラーの交響曲第3番のLPをこの曲が好きだったこともあり初めて手を出したのですが、正直最初はそれほど強い印象を持つ事はありませんでした。

ところでこの日本公演の後、ご存知のとおり彼は大きな病に倒れ、ロンドンPOのシェフの座を降りることとなりました。それからテンシュテットの活動の知らせはかなり断続的なものとなり、ある意味いつ新聞の死亡欄に名前が名前が掲載されてもおかしくないような噂も流れ、そして月日がたっていきました。

 そんな1987年のある日、翌88年10月にロンドンPOが、テンシュテットとビシュコフの指揮で来日するという広告が掲載されました。正直これは実現しないであろうと私は思いました。なぜなら病を患ったテンシュテットの日本公演など不可能と思ったからでした。

翌年初め、テンシュテットが前年暮れの12月13日から18日にかけて、ジェシー・ノーマンとワーグナーの曲集を録音したという話しを聞きました。が、それでも10月の来日は無いだろうという気持ちは変わりませんでした。

 その後同行指揮者がビシュコフからスラットキンに変わり、プログラムが発表され、チケットも発売されはじめました。だがその売れ行きはそれほど好調ではありませんでした。誰もが考えていることは同じでした。最後はスラットキンが全公演を指揮することになるだろうと。ですが状況は徐々に変わっていきました。テンシュテットが久しぶりに指揮台に立ちワーグナーを指揮し、アンコールに「ワルキューレの騎行」まで指揮したいう情報が入り、さらに「本人はきわめて健康を回復し今では室内で軽くジャンプできるほどまで体力がもどった」という意味の記事が紹介されたのです。この時はじめてこの公演は行われるのではないかという気がしたものでした。そうこうしているうちに月日は立ち、公演のある10月を向かえました。この時点で一番危惧された指揮者の変更等の記事が出る気配もなく、来日の準備は着々と進んでいきました。そして中旬にテンシュテットが無事来日したという話しが伝わりました。

 自分はこのとき前回の好評ということもありチケットを入手したもの、じつは当時テンシュテットにはそれほど強い思い入れというものありませんでした。ですがなぜか公演が近づくにつれちょっとした緊張感のようなものを自分は感じるようになっていきました。こうして自分は日本公演初日を迎えることとなりました。

1988ロンドン・フィルハーモニー
10月15日:市川文化会館
ベートーヴェン/エグモント、序曲
Rシュトラウス/ドン・ファン
ベートーヴェン/交響曲第3番

 10月15日(土)の市川市文化会館における日本公演初日の日は、自分にとって今でも忘れることのできない一日となっています。朝起きてまず新聞をみ、公演の指揮者変更等の記事がでてないことを確かめまずホッとし、そしてその後出かけるまで、急にニュースが入るのではないかと、気になってたまらない状態が続きました。夕方会場最寄りの駅で降りた後、とにかくなんともいえない気持ちで会場へ向かいました。会場前に着くとそこには

「クラウス・テンシユテット指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団演奏会」

 という場違いなくらい大きな立て看板が、これまた大きな文字で書かれて立っていました。このほとんど「お気楽」とも思える看板の存在にもかかわらず、「まだ安心は出来ない」という気持ちがとにかくありました。その後会場に入りこれといったアナウンスもなく開演時間を告げるブザーがなりました。この時、突然場内アナウンスが始まった時には死ぬほど驚いたのですが、それは「アラーム付き時計のアラーム解除のお願い」でした。このためすぐに安堵したのですが、このアナウンスが始まった瞬間、会場全体が一瞬凍りついた雰囲気になったことからみて、会場にいる全員が自分と同じ気持ちだというのこのときはじめてわかりました。しばらくしてオーケストラが現われ、そしてテンシュテットをこよなく尊敬する名コンサート・マスター、デヴィット・ノーランがあらわれ、その後チューニングが行われ、後は指揮者の登場待ちとなりました。ですが、この場に及んでもまだひょっとするとあらわれるのは、じつはスラットキンではないのかと、ほんのすこしではありますが思っており、気持ちは「たのむからテンシュテット出てきてくれ」という念でいっぱいでした。この間の会場は異常な緊張状態に陥りました。

 そしてしばらくしてついに舞台にテンシュテットがゆっくりと姿をみせました。この時の会場の凄まじい拍手と歓声は演奏前としては異例なものとなりました。それは死地から生還した一人の人間をたたえる心からのものであったように感じました。拍手がおさまると、テンシュテットは指揮台に上がりそして、譜面台上の楽譜をめくり「エグモント」の指揮をはじめました。それはけっして大きな音ではないものの、きわめてしっかりとした確信にみちた、そして自らの復活を告げる力強い音でした。

 この演奏会は自分の経験したものでも特別なもののひとつとなっています。なかでもホルン6人を2人のトランペットの左に横一列に並ばせた「英雄」は特筆すべきものでした。特に第二楽章。最初の弦が鳴った瞬間、一瞬ぞっとしてしまいました。透明感のあるそれでいて、しかも深淵を覗き込むような、なにか底知れない戦慄のようなものを感じてしまったからです。それにしてもこの時の「英雄」はテンシュテットが自分をこの曲になぞらえているのではないかと思った程でした。これは死地からの生還を果たしたものだけに許される音楽だったのでしょうか。いまでもこの演奏はある意味特別なものとして自分の記憶に深く刻み込まれたものとなっています。

 そして最後にホルン6人が全員で吹奏するという壮大な終楽章もあまりに素晴らしく、未だにこの「英雄」を超える演奏に出くわしたことことがないのではないかと思われるほど、完全に圧倒されつくしてしまいました。

特に終楽章コーダで一瞬テンシュテットが第一ヴァイオリンの方を向き両手を高々と広げ、それこそ巨大の鷲が今まさに飛びたたんという格好をしたそのときの姿、そして演奏終了後のスタンディング・オベーションと、それを見つめながらなかなかその場を立ち去ろうとしないオケの面々の姿は、今でも強く印象に残っています。

 この公演の興奮冷め遣らぬままに迎えたのが今回ご紹介する、この公演の三日後に行われた「ワーグナーの夕べ」における演奏会のDVDです。◎[公演DVD:TOBW-3592]

10月18日:サントリーホール
ワーグナー/タンホイザー、序曲とヴェヌベルクの音楽
ワーグナー/リエンチ、序曲
ワーグナー/神々の黄昏、ジークフリートのラインの旅
ワーグナー/神々の黄昏、ジークフリートの葬送行進曲
ワーグナー/マイスタージンガー、第1幕への前奏曲

 この公演は三日前の異様な雰囲気の中で行われた特別な公演に比べると、ずっと落ち着いた内容となっていますが、それでもそのオケの芳醇な響きと、詩情豊かで人間的な温かさに満ちた演奏の数々はじつに聴き応えのある内容となっています。二曲目の「リエンチ」で聴かれるふくよかかつ密度の濃い弦の豊かな響きなどは何度聴いても感銘を受けてしまいますし、「神々の黄昏」以降の劇的効果満点の曲においていたずらに劇的効果に走ることなく、音楽のもつ興奮と熱気をヒューマンかつストレートに伝えようとするその表現方法にも、自分は感心してしまったものでした。けっきょくこれが自分が聴いた最後の実演におけるテンシュテットとなってしまいましたが、この指揮者の復活を強く感じさせる充実した演奏が行われた演奏会として、こちらも今でも記憶に残る貴重な演奏会となっています。

演奏中の譜面台のアクシデントやアンコールの「ワルキューレの騎行」に至るまで、ほぼ当日の演奏会の全貌が収録されたこの公演のDVD。ほんとうに貴重な記録ということかできるでしょう。

ただちょっと残念なのはクーベリックもそう言われていたのですが、指揮する後姿がフルトヴェングラーに酷似しているといわれたテンシュテットの後姿があまり見ることができなかったということ。公演初日の時は自分の居た席の関係もあってか、けっこうその震えるような指揮が、以前ビデオでみたフルトヴェングラーのそれと似ているところがあり、「なるほど」と感じただけに、もう少しこのあたりのシーンを多く映してほしかったです。
 
 この来日公演で完全復活したテンシュテットは帰国後の12月13日にロンドンのフェスティバル・ホールで、あのEMIからCDにもなった感動的なマーラーの5番を演奏することとなります。その後のテンシュテットはご存知のとおり復活した期間は短かったものの、いくつもの素晴しい録音(特に1993年に録音されたマーラーの交響曲第7番は圧倒的なものがありました。)を後世に残していってくれました。

 クラウス・テンシュテット。実演を聴けたのはたった二度ですが、生涯忘れることのできない印象を残してくれた、最高の指揮者の一人でした。

 最後にひとつ。これはある方のご意見なのですが、「テンシュテットが喉の病で倒れたのはかなり自身のハンディになったのではないか。テンシュテットの指揮をみていると、彼の音楽が形成される練習時の過程において「声や言葉」による指示が他の指揮者よりも大きなウエイトを占めていたと思われる節がある。実際彼の病に倒れる前と後では、オケに対する掌握がやや後のほうが緩くなっている部分が感じられる。88年の日本公演後に行われたマーラーの5番のライブも悪くはないけど、かつてのスタジオ録音よりアンサンブルの仕上げの粗い面がライブ云々の部分を差し引いても多々見受けられる。」というものがありました。じっさいこのワーグナーでも一瞬そういう部分が感じられるところが無いわけでは無いのですが、演奏の気迫と音楽の豊かさがそれ以上に強く印象に残るものがあります。

自分がこの映像に強く惹きつけられるのは、15日における「英雄」の残像だけでなく、この日の演奏そのものにも、テンシュテット渾身の心情吐露のようなものが、些細な傷を補って余りあるほどの大きな感銘をともなって存在していることが大きいです。それにしてもこの映像をみるにつれ「なんで84年の公演に行かなかったのか」と悔やまれてしかたありません。これは音楽を聴く前から勝手に決めつけたことへの罰なのでしょう。仕方ないことです。


1988(指揮者:クラウス・テンシュテット、レナート・スラットキン)
ロンドン・フィルハーモニー

10月15日市川文化会館/テンシュテット
ベートーヴェン/エグモント、序曲
Rシュトラウス/ドン・ファン
ベートーヴェン/交響曲第3番

10月16日:パルテノン多摩/スラットキン
ウォルトン/ポーツマス岬
ドヴォルザーク/チェロ協奏曲(VC/堤剛)
チャイコフスキー/交響曲第5番

10月17日:聖徳学園川並記念講堂/スラットキン
ウォルトン/ポーツマス岬
ドヴォルザーク/チェロ協奏曲(VC/堤剛)
チャイコフスキー/交響曲第5番

10月18日:サントリーホール/テンシュテット
ワーグナー/タンホイザー、序曲とヴェヌベルクの音楽
ワーグナー/リエンチ、序曲
ワーグナー/神々の黄昏、ジークフリートのラインの旅
ワーグナー/神々の黄昏、ジークフリートの葬送行進曲
ワーグナー/マイスタージンガー、第1幕への前奏曲

10月19日:長岡市立劇場/スラットキン
ウォルトン/ポーツマス岬
ドヴォルザーク/チェロ協奏曲(VC/堤剛)
チャイコフスキー/交響曲第5番

10月20日:サントリーホール/スラットキン
ウォルトン/ポーツマス岬
ドヴォルザーク/チェロ協奏曲(VC/堤剛)
チャイコフスキー/交響曲第5番

10月22日:札幌厚生年金会館/スラットキン
ウォルトン/ポーツマス岬
ドヴォルザーク/チェロ協奏曲(VC/堤剛)
チャイコフスキー/交響曲第5番

10月23日:昭和女子大人見記念講堂/テンシュテット
ベートーヴェン/エグモント、序曲
Rシュトラウス/ドン・ファン
ベートーヴェン/交響曲第3番

10月24日:フェスティバルホール/テンシュテット
ベートーヴェン/エグモント、序曲
Rシュトラウス/ドン・ファン
ベートーヴェン/交響曲第3番

10月25日:シンフォニーホール/テンシュテット
ワーグナー/タンホイザー、序曲とヴェヌベルクの音楽
ワーグナー/リエンチ、序曲
ワーグナー/神々の黄昏、ジークフリートのラインの旅
ワーグナー/神々の黄昏、ジークフリートの葬送行進曲
ワーグナー/マイスタージンガー、第1幕への前奏曲
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テーマ:クラシック - ジャンル:音楽



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