演奏会雑録帳
2001年以前に行った演奏会の感想です。本体記事と重複してるものもあります。
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1977(昭和52年)
(ヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー)

11月13日:普門館

ベートーヴェン/交響曲第1番
ベートーヴェン/交響曲第3番


 まだまだカラヤンがしっかりとした足取りで舞台に出来た頃の演奏です。

 ベートーヴェン没後百五十年を記念して、同コンビ日本での三度目のベートーヴェン交響曲全曲演奏会が行われました。しかし会場は5000人収容の普門館でした。このためカラヤンを観にいくことになるのだろうなあ、という気楽な気持ちで行ったのですがこれが大間違いでした。

 カラヤンの演奏は予想よりちょっと粗いものの、気迫の方が強く出たような演奏で、当時LPで聴いていたものとは大きく印象がことなるものでした。特に音楽を進めていく推進力というのは絶大なものがあり、いつのまにかカラヤンの語り口というかペースに引き込まれてしまったものでした。

 とにかくカラヤンは会場の雰囲気を仕切るのが旨い。そしていつのまにか聴き手を自分の世界に引きずり込むことにかけては天才的な指揮者だという事を痛感しました。おそらくこの「カラヤン・マジック」に完全に引き込まれた人は、何度でも彼の演奏会に足を運ぶだろうなという気がしたのと同時に、それができる指揮者は賛否どうあろうと只者ではないし、評価されてしかるべきなのではないかという気がしたものでした。

 このときのベルリン・フィルの音は重量感あふれる音でした。こんな大きなホールでもこれだけ自己の特質を発揮しまくるコンビというのは、ひょっとしてこのコンビだけだったのではないでしょうか。

 それにしてもホール全体の仕切りの旨さ、これはチェリビダッケの「支配者」となにか通じるところがあるような気がします。たしかにその印象はかなりかけ離れたものがありますが、不思議な共通項をみるような気がします。このあたりはかなり印象深いものがありました。

 ですが、やっぱり演奏はちと粗いかなというのはたしかでして、しかも初日は演奏会直前までホールで「カラヤン指揮者コンクールジャパン」(優勝は当時桐朋学園大学在学中だった高関健さん。)があって、カラヤンもそれに出席。うーん、片手間公演だと見透かされて初日は空いてたのかなと今でもときおり勘ぐったりしています。因みに客席にはこの日出番の無かったワイセンベルクも来ており、ファンのサインに応じていました。

 余談ですが2年後の1979年の来日公演時。10/19は首都圏から東北にかけて強力な台風20号が上陸し、同日のボリショイ響千葉千葉公演は公演中止、秋田であったチェコPOはコシュラーが列車の到着の為2時間遅れ、その間団員の一人が指揮をしてスラヴ舞曲をはじめ数曲指揮して場をつないだとようですが、同日東京の普門館であったカラヤン&BPOはそのまま挙行されたようです。さすが帝王。

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