演奏会雑録帳
2001年以前に行った演奏会の感想です。本体記事と重複してるものもあります。
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1992(平成4年)
(セルジュ・チェリビダッケ/ミュンヘン・フィルハーモニー)

10月15日:昭和女子大人見記念講堂

ベルリオーズ/ローマの謝肉祭
シューマン/ピアノ協奏曲(P/アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ)
ベートーヴェン/交響曲第5番


 最初の「ローマの謝肉祭」もそうなのですが、チェリビダッケの語り口というか演奏の傾向を知ってしまうと、その演奏がけっして遅くなく、むしろ妥当と感じてしまうのが面白い。やはりそれだけの説得力と膨大な情報量を指揮者が持ち合わせているからなのでしょう。綿々と雄大に歌われるその演奏も決して奇をてらったわけでなく、チェリビダッケとしてきわめて自分にストレートに音楽を表出した結果なのだと思う。

 二曲目のミケランジェリとのシューマンもそうで、ミケランジェリの硬めの音質、しかもその琥珀色でありながら極めて透明度の高い、まるで極上の鼈甲細工をみているかのようなその響きに、正直最後まで魅了されっぱなしの演奏ではあったものの、それをしっかりとバックで支えているチェリビダッケの音楽は、ただミケランジェリに迎合しているだけでない、ちゃんと自分をストレートに出した結果というものもそこに投影しており、だからこそこの二人の共演時には、あのキャンセル魔といわれたミケランジェリが一度もキャンセルしたことがない理由のひとつなのではないかと思ったものでした。

 それにしてもこの時の会場はかなり暑かったのですが、これはミケランジェリがいつものとおり会場の温度と湿度を指定しているためだということで、協奏曲が終わった時点で会場は元の温度になっていきました。

 後半の「運命」は独特で強弱が交互に来る独特な遠近法ともいえるような手法を用いた演奏となっており、それによって音楽に推進力と奥行きを与えているような独特な感覚をもったものでしたが、それが奇異なものにかんずることなく、やはり最初に述べたようにストレートな印象を受けたのは、この指揮者が本音でやはり音楽を語っていたからではないかという気がしたものでした。

 この指揮者がべートーヴェンの交響曲を日本で指揮したのはじつはこの時が初めてで、他には最後の来日となった翌年の公演で、ブルックナーの9番に変わって「田園」が演奏されたくらいです。本当は86年の同オケとの公演時に「英雄」が演奏される予定だったのですが、シューマンの4番に結局は変更となってしまいました。
 ですのでこの「運命」というは日本ではこの日一度きりの演奏となってしまったのですが、正直自分としてはもっとこの指揮者のベートーヴェン、特にその変更となってしまった「英雄」をぜひいつか聴いてみたいと思ったものですが、けっきょくそれはかなわないものとなりました。


●チェリビダッケの思い出
http://www003.upp.so-net.ne.jp/orch/page215.html
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1990(平成2年)
(セルジュ・チェリビダッケ/ミュンヘン・フィルハーモニー)

10月6日:オーチャードホール

ブルックナー/交響曲第4番


10月8日:オーチャードホール

ブルックナー/交響曲第7番


10月10日:オーチャードホール

ブルックナー/交響曲第8番


10月16日:サントリーホール

ブルックナー/交響曲第4番


こ の時聴いたものではやはりサントリーで聴いた、4番。この素晴らしさとこの圧倒的な有無をいわさぬ説得力はもはや人間業を超えていたとしかいいようがありませんでした。

 チェリビダッケは空間全体を完璧に支配しきっており、特に四番終楽章のコーダにおける弦の強靭な響きに支えられ管楽器の圧倒的な響きが、オケ全体のクレッシェンドとともに壮大に立ち上がっていく様はまさに息を呑むほどで、完全に聴衆全体を圧倒しつくしてしまいました。

 このため演奏終了後、会場全体が圧倒的な力をもった響きに押しつぶされたかように呆然とし、そのためしばし拍手も歓声もおきませんでした。あれは凄演でした。あそこまで聴き手を完全に圧倒しつくした演奏というのは、ある意味空前にして絶後だったかもしれませんし、恐ろしい体験といっても過言ではないほどの凄まじい演奏でした。音楽がひたすら限りないき高みにのぼりつめていくような、前回の5番が降臨的ブルックナーなら、それこそこのときの4番は昇天的ブルックナーというべきものなのかもしれません。


●チェリビダッケの思い出
http://www003.upp.so-net.ne.jp/orch/page215.html
1986(昭和61年)
(セルジュ・チェリビダッケ/ミュンヘン・フィルハーモニー)

10月13日:神奈川県民ホール

シューマン/交響曲第4番
ムソルグスキー/展覧会の絵


10月14日:昭和女子大人見記念講堂

シューマン/交響曲第4番
ムソルグスキー/展覧会の絵


10月22日:サントリーホール

ブルックナー/交響曲第5番


 ロンドンSOとの80年の来日公演以来6年ぶりの来日となりました。それにしてもこの年はいろいろ話題の公演がありました。クライバー指揮バイエルン国立歌劇場管弦楽団。ヨーフム指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ。ロジェストヴェンスキー指揮ソビエト国立文化省。シュタ
イン指揮バンベルク交響楽団。9年振りに来日した、ショルティ指揮シカゴ。11年振りのフェドセーエフ指揮モスクワ放送。ウィーン国立歌劇場&PO。(ラインスドルフ、ホルライザー、シュナイダー、シノーポリ、バルビゾ、マゼール等の指揮。)、マリス・ヤンソンス指揮レニングラードPO、小澤指揮ベルリンPO、等々。とにかくたいへんな年でしたが、このチェリビダッケとミュンヘンPOの公演はその中でも最大の話題のひとつでもありました。

 この公演はそれまでのチェリビダッケの日本公演以上の、というよりチェリビダッケの日本での評価を決定的なものとしました。それはこの指揮者の巨大さや透明感が端的にあらわれたというだけでなく、この指揮者の本当にいいたかった事というのが、今まで以上に明確に提示されたからです。これはチェリビダッケとミュンヘンPOがきわめて素晴しい関係にあったからこそ可能だったと思います。

 
10月13日:神奈川県民ホール

シューマン/交響曲第4番
ムソルグスキー/展覧会の絵


 この時の演奏、特に「展覧会の絵」は以前の「ローマの松」を思わせる圧倒的なものでしたが、このときシューマンの第2楽章でけっこう大きな地震にみまわれました。客席は一瞬ざわめきましたが、指揮者は悠然と我関せずといわんばかりに指揮をつづけ、それをみていたらこち
らも急に落ち着いていったものでした。



10月14日:昭和女子大人見記念講堂

シューマン/交響曲第4番
ムソルグスキー/展覧会の絵

このときは二日続きで同じプログラムを聴いたのですが、最初の神奈川県民ホールではシューマンの第二楽章でけっこう大きな地震がありました。動揺しざわつく聴衆を背にまったく同ぜず指揮をしていたチェリビダッケ。その姿をみていたら、自分も含めて聴衆全員から地震への動揺が急速に失せていったものでした。今更ながら凄い存在感と有無を言わさぬ説得力の持ち主です。

 この県民ホールでは自分は一階で聴いており、シューマンはややボソボソとした音響だったのですが、第三楽章から第四楽章への移行時の凄さや、時間も音楽も進んでいるのに、まるで音楽だけが静態しているような瞬間を創り出していた終楽章は、翌日の人見公演より生々しかったという記憶があります。もっとも二日目の人見では二階で聴いていたこともあり、もう少し豊かに響いていたような記憶がありますし、まとまりは人見の方が上だったかもしれません。

 ただし後半の「展覧会の絵」は、両日とも以前の「ローマの松」を思わせる程圧倒的なもので、「カタコンブ」の強烈な緊張感と凄み、そして信じ難い程ものいう弱音の素晴らしさもさることながら、特に仰ぎ見るような壮大無比の「キエフの大門」には、完全に圧倒されつくしてしまったものでした。



 余談ですがこの年は5月にも、ゴンチャロフ、チーホノフ、ポリワノフという猛者揃いだったフェドセーエフとモスクワ放送による同曲の爆発的な猛演がありましたが、そういえばこの公演も人見でした。聴いていた場所も二回のやや左側だったこともあり、まったく正反対の「展覧会」をほぼ同じ状況で聴けたのはじつに貴重な体験でした。(このモスクワ放送公演はNHKによるTV&FM中継がありました。)

 因みにこのとき二日目の人見公演。そんなに当時の雑誌評はよくありませんでした。時代は変るものです。


10月22日:サントリーホール

ブルックナー/交響曲第5番


 この日本公演の最終日、10月22日サントリー・ホールで行われた唯一ブルックナープロ。これはきわめて感動的な演奏となり、当夜の聴衆を完全に圧倒しつくてしまいましました。

 ホールをでるとき「こんな神かがったブルックナーは聴いたことがない」という声が聴こえました。たしかにこれほどまばゆいばかりの崇高な輝きに満ちたブルックナーというのは私も聴いたことがありませんでした。特に、第2楽章と終楽章の最後の金管のコラールは、天上の高いところから響く福音のようにさえ聴こえたほどでした。

 この公演の大成功はその後の日本公演でチェリビダッケがブルックナーを集中的にとりあげる、大きな要因ともなりました。

 余談ですがこの公演はチェリビダッケが立って指揮した日本での最後の公演となりました。初来日の時もかなりゆっくりとした足の運びだったのですが、このときはもうかなり左の膝の状態が悪く、パンフレットには練習中指揮している時でも左膝を不自然に伸ばしている姿でそれは伺うことができました。

 演奏終了後の退場時のチェリビダッケの仕草はそのせいかかなり独特なものでした。つまりまず舞台をおりた後、第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリンの最前列の間に立って拍手を受ける(別に礼をするわけではない)そしてオケに座るように両手で合図をし座らせると、舞台袖に向かってゆっくり歩きはじめ、そして第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリンの中間までくるとゆっくりとまた指揮台の方を向きオケを立たせる。そこでオケと拍手を受けるとまた両手で座らせる仕草をみせまたオケを座らせる。そして再びゆっくりと袖に向かうが、第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリンの最後列あたりまでくると、またそこでオケを立たせ拍手を受けたあと、また両手で合図をおくり席に座らせそして自らはそのまま袖に消えるといった具合でした。(時には同じ場所でオケを立たせ足り座らせたりを繰り返す場合もありました)

 これなどは膝との調子からきたものなのかもしれません。

 またチェリビダッケは以前から登場するときもなかなか登場せず観客を集中させてから登場し、指揮棒をおろすときも、観客席が完全に静かににり、それこそこちらの耳の底でキーンという音が聞こえてくるまでおろさないということがしばしばでした。これなどは本人の哲学なのでしょう。これに匹敵する指揮者は77年のベームくらいでしたがベームの場合は年齢的なものだったのでこれとは本質的に違うように感じました。(ただベームの77年に指揮したときはかなりのもので、オケのチューニングが終わり観客が静まったのになかなか出てこず、一時観客席
がざわつきだすといったことが、当時の放送から伺い知ることができます。これもあって登場時にあの爆発的な拍手と歓声が一段と大きくなったような気がするのですが…)

 ところで最近このときのCDを聴いたら演奏終了後5秒は続いたかと思われる沈黙がじつは2~3秒ほどだったことが判明し愕然。自分の記憶のいい加減さに幻滅すら感じたほどでした。じつに情けない話です。



●チェリビダッケの思い出
http://www003.upp.so-net.ne.jp/orch/page215.html
1977(昭和52年)
(セルジュ・チェリビダッケ/読売日本交響楽団)

10月29日:東京文化会館

ベルク/ヴァイオリン協奏曲(VN/ロニー・ロゴフ)
ブラームス/交響曲第4番


 チェリビダッケを初めて耳にしたのは、ミケランジェリと共演した「皇帝」のLPでした。ただこれだけではなぜこの指揮者がこれほど騒がれているのかわからなかったのですが、ただ妙に強くひかれるところがありました。そんなある日チェリビダッケが読売日響の創立15周年を記念の一環として来日するという報が突然ながれました。とにかく一度聴いてみようということで、一回券では売り切れる危険性があることと、この時の読響はたいへん魅力的なラインナップだったため、自分は読響の新規会員になることを選び大手町の読売新聞社前に朝行ったところ、いきなりすごい行列となっており、あらためてこの指揮者の来日の話題性を痛感したものでした。

 で、実際この演奏会。たしかにオケがただならぬ充実感をもって響いていたことはみとめるものの、やや弱音にかたむきすぎた音楽に自分はどうしても馴染みきることができませんでした。ただやはり最初にLPを聴いた時同様、強くひかれるところがさらにあったため、この指揮者の翌年3月の来日公演も行くこととなりました。そこで自分はこの指揮者のおそるべき真髄にはじめて開眼させられることとなります。

 その公演が


(セルジュ・チェリビダッケ/読売日本交響楽団)

1978年3月18日:東京文化会館

モーツァルト/交響曲第41番
ワーグナー/トリスタンとイゾルデ、前奏曲と愛の死
レスピーギ/ローマの松


 この時の演奏会でその状況は一変しました。ワーグナーの病的ともいえる美しさもよかったのですが、とにかく圧巻は「ローマの松」。特にアッピア街道の部分での舞台上の別働の金管を加えての圧倒的な音の立ち上がりは、この指揮者の恐るべきスケール感と怪物性を思い知らさせてしまいました。その後諸般の事情でロンドン響との演奏会(1980)をTVやFMだけですごした後、しばらくしていよいよミュンヘンとのコンピ(1986)に接することとなります。


●チェリビダッケの思い出
http://www003.upp.so-net.ne.jp/orch/page215.html


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