演奏会雑録帳
2001年以前に行った演奏会の感想です。本体記事と重複してるものもあります。
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1994(平成6年)
(ゲオルグ・ショルティ/ウィーン・フィルハーモニー)

10月4日:神奈川県民ホール

ストラヴィンスキー/ペトルーシュカ
チャイコフスキー/交響曲第6番


10月8日:サントリーホール

メンデルスゾーン/交響曲第4番
ショスタコーヴィチ/交響曲第5番


 ショルティとウィーンフィルは自分にとって一度は実演で聴いてみたいコンビのひとつで、それは学生時代からのひとつの夢でした。ショルティを聴くのも1980年のロンドンフィル以来ということなのでこれもまたたのしみのひとつでした。

 ですが、当日券が出ていた県民ホールの一曲目のそれは失望以外の何者でもありませんでした。特に管楽器の酷さはわが耳を疑ったほどで、「練習しないでぶっつけでやっただろう!」と心の中で叫んだものでした。休憩中にも「手を抜くにもほどがある」という怒りの声があがっていたほどでした。

 ところが後半の「悲愴」になると状況が一変。素晴らしく緊張感のある、それでいて音色の輝かしさと造型の美しさが際立った、じつに素晴らしい演奏となり、これには溜飲が下がるおもいがしたものでした。アンコールのローエングリンの第三幕の前奏曲も鮮やかで、聴きに来てよかったと思ったものでした。

 続くサントリーでの公演は前半のイタリアが絶品で、爽やかにメンデルゾーンの詩情が歌いぬかれた名演となりました。後半のショスタコーヴィチもこれまたなかなかの演奏だったのですが、以前に比べてショルティの音が随分清澄かつ軽くなったように感じ、清澄なのはともかく、重心がやや上がったことによるような軽さが、以前のゴリゴリしたショルティに馴染み、それをどこかで期待していた自分には少し物足りなく感じたものでした。ただこのときショルティは82歳。それを思うとこういう音楽になったのも当然かなという気がしたものでしたし、むしろあの精力的な指揮をみるとこの人いったいいくつまで指揮するの?という気がしたものでした。

 ショルティはじつはこの翌年、「ドン・ジョヴァンニ」を指揮すため来日する予定だったようですが、なぜかとりやめとなってしまい。結局この公演が最後の来日となってしまいました。そして1997年、この公演のわすが三年後にショルティはこの世を去ることになるのですが、1912年生まれの指揮者では最後まで現役で、おそらく百歳記念演奏会でも立って二時間くらい指揮するのではなかろうかと思っていただけに、自分には未だにこのことが信じられないでいます。それをおもうとこの公演には独特の感慨深いものを持たずにはいられないものがあります。


●ショルティの思い出
http://www003.upp.so-net.ne.jp/orch/page144.html
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1980(昭和55年)
(ゲオルク・ショルティ/ロンドン・フィルハーモニー)

11月12日:東京文化会館

バルトーク/舞踏組曲
ブリテン/パーセルの主題による変奏曲とフーガ
ブラームス/交響曲第4番


この公演じつは内容そのものはたいへん充実したものでした。が、同時期にベームやマゼール等による、ウィーン国立歌劇場やウィーンPOが来日したため、その話題をそっくり持っていかれたことや、同じイギリスのロンドン響が春にチェリビダッケと来日し大きな話題をふりまかれたこともついていなかったようです。
(因みにこの時の同行指揮者はヘスス・ロペス・コボス、コンサートマスターは後にテンシュテットを支えつづけた、名手デヴィット・ノーランでした。 )

 最初のバルトークからしてそのただならぬ雰囲気にひきずりこまれたのですが、次のブリテンには完全に圧倒されてしまいました。かなりの快速にもかかわらず、まったく雑なところがなく、しかも素晴らしく格調高い演奏に、「今まで自分は何を聴いていたのか?」と自問自答したほどでした。それはまさに鮮やかな手さばきの極致ともいえる演奏で、今でも同曲をショルティが録音しなかったかことに痛恨の念を禁じえないでいるほどてす。

 後半のブラームスの4番とアンコールの「マイスタージンガー」の第一幕への前奏曲も見事の一語につきる演奏で、バランスの確かさ、そしてそこにこめられた情感の豊かさとスケールの大きさは、3年前のシカゴとはまた違った味わいを感じさせてくれました。


●ショルティの思い出
http://www003.upp.so-net.ne.jp/orch/page144.html
1977(昭和52年)
(ゲオルグ・ショルティ/シカゴ交響楽団)

6月7日:東京文化会館

ハイドン/交響曲第103番
ワーグナー/トリスタンとイゾルデ、前奏曲と愛の死
Rシュトラウス/ドン・ファン
Rシュトラウス/ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯


 この77年の公演はショルティにとって3度目の来日でしたが、シェフとしての来日は初めてで気合もかなり入っていましたし、一般の期待も高く、特に公演のうちマーラーとベートーヴェンはかなり人気が集中し、東京文化会館でのマーラーとベートーヴェンはたちまち完売してしまいました。(東京公演でのベートーヴェンプロは現皇太子殿下御臨席のコンサートとなりました。)

 演奏はどれもこのコンビらしくパワフルなもので、「ビッグサウンド」とよばれたシカゴのエンジンが全開した、まさに快心のできとなりました。因みに日本公演初日のでは日米両国国歌が演奏されましたが、米国国歌演奏の時、そのあまりのド迫力に会場から拍手が起きたほどでした。そして後半のシュトラウス。好き嫌いが分かれる演奏かもしれませんでしたが、個人的には「これもまたシュトラウス」といいたいくらい痛快な演奏で、特に「ドン・ファン」の最後のオケの全合奏における金管は、その物凄い輝きと音量に一瞬、フラッシュをたかれたように目をつぶってしまったほどでした。この当時シカゴの金管は「天使の大群が足並みを揃えて行進してくるような」という形容をされていたようですが、これなら当然だろうなと痛感したほどでした。 アンコールの「ラコツィ行進曲」はもういわずもがなの演奏でした


6月23日:NHKホール

ドビュッシー/海
ベルリオーズ/幻想交響曲

 この日の両曲も見事な演奏でしたが、この日のアンコールがなんと「タンホイザー序曲」!

いろいろな意味でほんとうに凄い指揮者とオーケストラでした。


●ショルティの思い出
http://www003.upp.so-net.ne.jp/orch/page144.html


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