演奏会雑録帳
2001年以前に行った演奏会の感想です。本体記事と重複してるものもあります。
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1995(平成7年)
(パーヴェル・サローキン/ボリショイ歌劇場)

6月27日:神奈川県民ホール
ボロディン/イーゴリ公、全曲


 この公演は直前にラザレフが劇場を辞任、指揮者変更が急遽行われ三人の指揮者がラザレフの変わりに公演を分担することとなりました。そしてこの公演のメインともなった「イーゴリ公」の指揮を担当したのが当時まだ若干32歳(1963年生まれ)だった、シモノフ門下で、ラザレフのサポートをしていた、パーヴェル・サローキンでした。

 このときの「イーゴリ公」はボリショイ・オペラ+バレエ、ポクロフスキイ演出というもので、当時のボリショイの総力を結集した出し物といわれていただけに、肝心のラザレフがいないこの公演に開演前はかなり危惧したものです。(自分が行ったのはその初日で、コンチャークカーンをネステレンコが歌った日でした。)ですがその危惧はすぐに無くなり、とってかわってサローキンの非凡な指揮ぶりに感心するようになっていきました。第一幕こそかなり手堅くしっかりとした手綱さばきによる演奏を聴かせていたのですが、第二幕あたにから次第に劇的な迫力と叙情性を交錯させたなかなか見事な指揮を聴かせるようになっていきました。

 ですがなんといっても驚嘆したのは終幕、そして「だったん人の踊り」による幕切れだったのでした。最初こそ淡々としていたものの次第に音楽が活気付きはじめ、そのまんまの勢いで「だったん人」に入ったのですが、ここでは音楽が緩急自在かつとてつもなくダイナミックな音をサローキンがオケからひきだし、ティンパニーなど皮が破けんばかりに豪打させていました。そして後半のめくるめくような凄まじいばかりの音楽の狂騒と狂乱を、これでもかとばかりにオケに叩きつけ、オケ、合唱、バレエの三軍が最後一本にまとまりながら、これ以上ないという凄まじい興奮と爆発的エネルギーをホール全体に炸裂させたのですが、最後オケ全体がそれこそホールをぶち破らんばかりのスヴェトラーノフばりの一大フェルマータをかけたため、音楽が終了した瞬間、ホール全体から今まで聞いたこともない、それこそホールにいた観客のほぼ全員による物凄い歓声が一斉にあがったものでした。自分もこのときは最後鳥肌が立ちまくり、全身の血が逆流するほどの興奮を覚えたものでした。

 サローキンがこのときオケから引き出した驚異的な極度の爆発的エネルギーは、自分が聴いたこの種の演奏でも一二を争うもので、しかもオケも合唱も崩壊させず、見事にビシッと決めたのにはさらに感心してしまいました。


●パーヴェル・サローキン
http://www003.upp.so-net.ne.jp/orch/page280.html
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