演奏会雑録帳
2001年以前に行った演奏会の感想です。本体記事と重複してるものもあります。
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1977(昭和52年)
(ベルナルト・ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ)

5月16日:東京文化会館

ベートーヴェン/交響曲第8番
マーラー/交響曲第4番(S/大川隆子)

 演奏開始前に前に座っていた二人連れの方から「今日はいったい何を演奏するんですが?」と聞かれました。「マーラーです。」と答えたら、「おい、マーラーだって。」とひどく喜んでいました。しかし…。

 ベルナルト・ハイティンクは1962、1968、1974、1977とコンセルトヘボウ。1969にロンドンP0。1992にロイヤル・オペラ。そして1997にウィーンPOとともに来日を果たしていますが、ハイティンクが77年に来日した当時、ハイティンクは現在よりさらに地味な存在で、同年代のマゼールあたりに比べるとたんなる中堅指揮者という感じて捕えられていました。前回74年の来日公演もNHKで「英雄の生涯」されたにもかかわらず、やはり反応は今ひとついったかんじがしたものでした。そのためかこの77年公演も、3月にベームとウィーンPO、6月にショルティと初来日のシカゴ響の公演にはさまれてしまったためか、それほど大きな話題とはなりませんでした。それはこのオケにとって代名詞ともいえる「マーラーの4番」が演奏されたのにもかかわらず、文化会館でさえ満員には至らなかったことにも如実にあらわれていたと思います。

 ですがこのツアー、ハイティンクの日本における評価を比べ物にならないほど高くおしあげるものとなりました。それは当時ラジオの放送でもいわれていたように、「前回の来日まで微妙に隙間を生じていたこのコンビが、今回はぴったりと息のあった見事な演奏を聴かせていた。」という言葉が示すように、ハイティンクの円熟の度合が、素晴しい音楽を内包しているこのオケのレベルに到達し、しかも自分の意志でコントロールしながら自己の個性を表出することができるようになったという事でもありました。この時のオケの素晴しさ、なかでも弦の美しさはとてつもないものがあり、特にマーラーの4番におけるその素晴しさは筆舌に尽くし難い、それこそ当時うたい文句とされていた「世界で一番美しい音のオーケストラ」という言葉そのものが事実だったことを確認させられるものがありました。それにしてもハイティンクのこの時指揮ぶりもたいへん熱と力のこもった見事なものであり、この時演奏会に居合わせた聴衆およびFM放送されたその演奏を聴いた多くの人達が、次回のこのコンビの来日にさらなる期待を持ったものの、これがこのコンビ最後のものとなりました。このことは自分にとってもたいへん残念に思っていますが、幸いにしてこの時の公演の放送録音は複数公演現存しており、いずれTDKのライヴシリーズにおいてCD化されるのではなかろうかという状況になりつつあるようです。その時を今はじっくり待つことにしたいと思っております。

 因みにコンサート・マスターはテオ・オロフ。彼にとってもコンセルトヘボウとの来日は結局これが最後となってしまいました。尚、ハイティンク&コンセルトヘボウの歴代日本公演で唯一共演した日本人歌手、大川隆子さんは現在東京音大付属高校の教授をつとめられているようです。 また京都公演での「ドン・キホーテ」での独奏のマチューラはコンセルトヘボウに30年在籍した首席奏者で、勇退が決まっての今回のツアーでした。
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