演奏会雑録帳
2001年以前に行った演奏会の感想です。本体記事と重複してるものもあります。
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1991(平成3年)
(ラファエル・クーベリック/チェコ・フィルハーモニー)

11月2日:サントリーホール

スメタナ/わが祖国、全曲


 1975年にクーベリック、ムラヴィンスキー、ブーレーズがそれぞれの手兵を率いて同じ月に来日した時、私は三社択一を迫られました。結局年齢の高いムラヴィンスキーの演奏会を選んだのですが、ムラヴィンスキーはその後二度も来日したのに、クーベリックはいっこうに来日せず、その後バイエルン放送響の職を辞し、そして引退の報を聞いた時は、最大の失敗を犯したとさえ思ったものでした。ですが90年にプラハにクーベリックがチェコ民主化を祝して指揮台に立ち、そしてその翌年、「音楽の友」の来日欄でクーベリックの写真を来日コーナーで見た時、一気に自分の気持ちが16年前に遡っていったものでした。結局万難を排す為チェコ・フィルの5回公演券を買って聴きに行ったのですが、これを逃せばもういくら大枚をはたいても聴くことが出来ないことを思えばそれも安いものでした。

 3年前のテンシュテットを思わせる雰囲気での指揮者登場にはじまったこの演奏会は、前年の同曲のプラハでのそれをうわまわる、見事な演奏となりました。チェコ・フィルがこれほど壮麗な響きを奏でたことがはたして今まで日本であったのか、それこそもはや伝説となったアンチェルの初来日以来の圧倒的な響きだったのではないか、そんな気がしたものでした。特に「モルダウ」後半のシンバルの素晴らしさと、「シャルカ」や「ボヘミアの草原」における弦の動きは絶品で、一生聴き続けても飽きないのではないかとさえ思ったものでした。

 クーベリックにはその後再来日の打診はあったものの、けっきょくそれはついに実現しませんでした。

 余談ですが、このとき、そして先のテンシュテットの公演の時。演奏終了後楽員が引き上げ、その後指揮者が何度も呼び出され、聴衆にスタンディンクオベーションを受けている時、本来なら楽員はすでに引き上げて舞台にいないはずなのに、この時はかなりの楽員が舞台の上、もしくは袖で指揮者の姿を見守り、なかには拍手を送っている姿を見かけました。指揮者と楽員の最高の結び付きをこんなところにも見たおもいがしたものでした。
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