演奏会雑録帳
2001年以前に行った演奏会の感想です。本体記事と重複してるものもあります。
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1979(昭和54年)
(エフゲニー・ムラヴィンスキー/レニングラード・フィルハーモニー・アカデミー)

5月21日:東京文化会館

ベートーヴェン/交響曲第6番
ワーグナー/トリスタンとイゾルデ、前奏曲と愛の死
ワーグナー/ジークフリート、森のささやき
ワーグナー/ワルキューレ、ワルキューレの騎行


 前半の「田園」はきわめて古典的な演奏で77年のブラームスを随所ニ思わせるようなおちついた佇まいと格調の高さを誇る見事な演奏でしたが、後半のワーグナーはもはや空前絶後のものとなりました。

 「トリスタン」のそれはかつての「ローエングリン」同様清澄かつ不気味なほどの透徹としたうねりが戦慄的で、特に「愛と死」の弦のすべるようなせり上がりは唖然とさせられてしまいしまた。つづく「森のささやき」の千変万化する絶妙な木管のニュアンスとその背後で響く壮大なホルンの持続音とのコラボレーションがあまりにもすばらしく、時がたつのを忘れてしまうほどでした。そして最後の「ワルキューレの騎行」。このムラヴィンスキーの魅力のすべてを5分足らずの曲にぶちこんだような世紀の名演は、ちょっと言葉では語り尽くせないほどで、その疾走感は天馬空を往くような、しかもその巨大な音の渦が最後はホール内で回転しながら疾走しているようで、完全に圧倒されつくしてしまいました。あれはいまだに昨日のことのように鮮明に覚えています。


●エフゲニー・ムラヴィンスキー/その思い出と記録。そして雑感。
http://www003.upp.so-net.ne.jp/orch/page304.html
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1977(昭和52年)
(エフゲニー・ムラヴィンスキー/レニングラード・フィルハーモニー・アカデミー)

9月27日:東京文化会館

ワーグナー/マイスタージンガー、第1幕への前奏曲
ワーグナー/ローエングリーン、第1幕への前奏曲
ワーグナー/タンホイザー、序曲
ブラームス/交響曲第2番


 ワーグナーとブラームスは正直意外なものでした。最初の「マイスタージンガー」の第1幕への前奏曲は、驚くほど落ち着いたしかも古典的ともいえるほど端正な造詣と響きを主とした演奏で、65年のモスクワでの「ローエングリン」の第3幕への前奏曲のLPでの演奏が印象として残っていた自分としてはかなり意外な気がしたものでした。それは三曲目に演奏された「タンホイザー」序曲でも同じでした。ただ二曲目の「ローエングリン」の第1幕への前奏曲。これもたしかにそれらと同じ方向性のものだったのですが、冒頭の弦が鳴った瞬間そのまったく不純物の無い、完璧に清澄しきった透明で、しかも「繊細かつ質の強い」響きに、全身鳥肌がたったものでした。この完璧に無垢ともいえるような輝くような白一色の音というのを聴いたのはこの時だけで、この指揮者とオーケストラによるひとつの究極の姿を聴いたような気がしたものでした。

 後半のブラームスの第二交響曲は劇的要素を排した穏やかかつ軽やかな演奏で、特に終楽章のコーダはティンパニーを抑えることにより狂騒に音楽が走ることを戒め、軽快に滑走するように響かせていたのがとても印象的でした。



10月19日:NHKホール

シベリウス/トゥオネラの白鳥
シベリウス/交響曲第7番
チャイコフスキー/交響曲第5番


 この日のシベリウスとチャイコフスキーは先の演奏会とは逆に従来のムラヴィンスキーの印象どおりの演奏となりました。一曲目の「トゥオネラの白鳥」は漆黒の響きが素晴らしく二曲目の第七交響曲ともどもその奥行きの深さに感嘆してしまいましたが、全体的に65年のLPより響きがやや丸くなり、特に第七交響曲ではLPに比べて冒頭のアクセントが弱くなり有名なトロンボーンのテーマがやや抑えられビブラートが控えめになっていました。(ムラヴィンスキーの前回迄の来日は峻厳さが表だっていたのに、この来日以降音の響きの豊かさが表に立つようになっていったような気がします。)

 そして後半のチャイコフスキー。これ以前はもちろんおそらく今後も聴くことのできない「奇跡」の連続のような演奏となりました。第2楽章冒頭の弦の完全に静態したままの響きなどはいまだに忘れがたいものがありますが、特に終楽章でのコーダで一瞬音が小さくなる部分で、いきなり音がムラヴィンスキーの背中の一点から響くような音の絞込みをした瞬間はなにが起きたか一瞬わからなくなるくらい驚嘆したものでした。

 ところでこの終楽章。展開部に入るときティンパニーのトレモロにのって弦が滑るように細かい音を弾くところがあるのですが、この曲をアルヴィド・ヤンソンスの下で演奏したことのある人の話を聞いたところ、「ここの最初の部分は↑から弓を入れるが途中音が大きくなるところでは↓に変更する」という指定をされたそうです。ふつうは最初から↓のようにどこのオケもやっており、たしかにヤンソンスのいうとおりにすれば効果はあるものの、それは結構困難なことなのでその旨を伝えると、「レニングラードではこうやっている」といわれ、それができるまでやらされたそうです。これは当然ムラヴィンスキーもおこなっており、こういうところにこの指揮者とオケの凄さの一端をみた思いがしたものでした。

この演奏は今現在に至るまでに自分が聴いた実演の中で、まぎれもなく最高の演奏です。


●エフゲニー・ムラヴィンスキー/その思い出と記録。そして雑感。
http://www003.upp.so-net.ne.jp/orch/page304.html
1975(昭和50年)
(エフゲニー・ムラヴィンスキー/レニングラード・フィルハーモニー・アカデミー)

5月21日:NHKホール

プロコフィエフ/交響曲第6番
ショスタコーヴィチ/交響曲第5番

この日の演奏。まず最初にプロコフィエフの交響曲第6番。まったく知らない曲だったのですが、演奏の凄さにとにかくまいってしまいました。弦の異常なほどの弱音における冷ややかな響きはホール全体の室温まで下げてしまったように感じるほどで、特に終楽章の垂直断ちともいえる音の立ち上がりと音の断ち切り方には、戦慄さえ感じさせるほどでした。

 ですが後半のショスタコーヴィチは明らかに不調。冒頭の弦のバシーンという強烈な入りはともかく、その後の管がぶっきらぼうな表情が随所にみられただけでなく、かなりミスしている部分が多く、1年前に聴いたマゼール指揮のクリーヴランドの方が遥かにオーケストラとしてのアンサンブルや表情付けが上という気がしたものでした。(このときチェレスタとピアノの両方を演奏する女性の方がコントラバスの間を抜けて行ったり来たりしている姿が妙に印象に残りましたが…)ところが終楽章でのこと、終楽章の途中から調子がでてきたせいかかなり聴き応えのでてきたさなか、コーダに入りオケが大きく立ち上がった頂点における最初のシンバルの一撃の直後に響いた、コントラバスを中心とした低音部のその圧倒的な響き!その瞬間NHKホールが横に倍以上に押し広げられたのではないかというくらい巨大な響きがホール全体に響きわたりました。この衝撃的な一瞬がムラヴィンスキーという指揮者と自分との決定的な結びつきとなりました。


●エフゲニー・ムラヴィンスキー/その思い出と記録。そして雑感。
http://www003.upp.so-net.ne.jp/orch/page304.html


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