演奏会雑録帳
2001年以前に行った演奏会の感想です。本体記事と重複してるものもあります。
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1994(平成6年)
(サイモン・ラトル/バーミンガム・シティ交響楽団)

10月13日:昭和女子大人見記念講堂

ベルリオーズ/ロミオとジュリエット、より3曲
プロコフィエフ/ピアノ協奏曲第3番(P/マルタ・アルヘリッチ)
ブリテン/ヘンリー・パーセルの主題による変奏曲


 ガラガラの演奏会でしたが、このとき1階の中央やや前の座席にどこかでみたことのある外国人を中心とした一団。誰かと思ってよくみたら、なんとBPOと来日中のアバド。ちょうど東京公演の間の休みだったということもあり、この公演に来ていたのでした。ちょっと空きすぎの観客席を怪訝にみていアバドでしたが、ラトルの演にはかなり満足していたようで、特にかつて同曲を入れたマルタとのプロコフィエフでは終演後、頭の上で手を大きく叩く喜びようで、かなり満足されていたようでしたし、ラトルやマルタも笑顔で応えていました。それにしてもその後のこの二人を思うとなんともいえない光景でした。

 演奏は対抗配置での演奏。以前聴いたときよりやや元気のない感じが前半したものの、協奏曲あたりから次第に調子をあげ、最後のブリテンはなかなか聴き応えのある、盛大な演奏となっていました。このコンビは後にもう一度来日しますが、自分が聴けたのはこれが最後となりました。
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1987(昭和62年)
(サイモン・ラトル/バーミンガム・シティ交響楽団)

6月6日:東京文化会館

ベルリオーズ/ベアトリスとベネディクト、序曲
ブリテン/鎮魂交響曲
マーラー/交響曲第1番


 この日はNHKのTVも収録していました。この時の会場は東京文化会館だったのですが、ホールに入ってびっくり。修学旅行か学校の鑑賞会かで来ているらしい学生さん達を入れても、おそらく1000人未満という「外来オケのしかも土曜夕方のマーラーでこれかあ。」と衝撃すら走る程の閑散としたものでした。特にその前月に、同じホールがマズア&ゲヴァントハウスのブルックナーやスヴェトラーノフ&ソビエト国立のショスタコーヴィチが盛況だったために、「これが同じホールが」と思ったくらいで、しかもまわりでは「いやあ、これは今日はよくホールが響くぞ。」とか、「野外コンサートなみに座席選び放題だな。」という会話が開演前に飛び交う(しかもそれがよく聞える)状況でした。なにせ相手はロンドンに行けばたちまち満員御礼という売れっ子で、しかもバーミンガムに行ってからその入場率が98%になったという実績の持ち主なので、これにはちょっと呆然としてしまうのではないかと、ちょっと可愛そうな気さえしてきました。

 こうして人数が少なく、しかもなんとなく参加してしまったという雰囲気の客層がかなり占めた演奏会は始まりました。ラトルは笑顔で指揮台に飛び乗って登場し、一礼した後指揮をはじめました。前半終了後、ロビーでは「なんかいいねえ」「けっこうめっけものかも」という言葉があちこちで聞える雰囲気となりました。そして後半の「巨人」。これは自分が実演で聴いたものでも最高のもののひとつで、おどろくほどの細かいニュアンスが次々と走馬灯のように駆け抜け、そして最後にぶち抜くようなド迫力で一気におしきる、まさに「見事」な超名演となりました。観客も物凄く熱狂的な反応をみせたのですが、アンコールでびっくりするくらいかっこよくノリのいい「キャンディード」序曲をやったため、終演後はさらに盛大な歓呼と拍手がラトルに浴びせられ続けました。それはある意味、感動的ともいえる光景でした。

 さすがにこの時ラトルが後にBPOに行くとは思いませんでしたが、少なくとも将来有望の指揮者だなという気はしました。それにしてもこの時会場を出ていくほととんどの人達の表情が、開演前のそれとまるで違う、とても満足しきった表情だったのをみて「最後は名前じゃない。会場を出てきた時の気持ちがすべて。」と改めて思ったものでしたし、「この状況でこのガッツを見せ、そしてこの結果を引き出したラトルは本当のプロだな。」と痛感したものでした。


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