演奏会雑録帳
2001年以前に行った演奏会の感想です。本体記事と重複してるものもあります。
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1974(昭和49年)
(ロリン・マゼール/クリーヴランド管弦楽団)

5月30日:NHKホール

ベートーヴェン/交響曲第4番
ベルリオーズ/幻想交響曲


 1970年に初来日をはたしたクリーヴランド管弦楽団は、帰国後しばらくして偉大なシェフ、ジョージ・セルを失いました。その直後暫定的にその任をピエール・ブーレーズに託したものの、オケはその後継者を至急探すことをせまられました。楽員からはイシュトヴァン・ケルテスが推されたものの、この意見はとおらず、後任は当時ベルリン放送響に籍をおいていた、ロリン・マゼールに1972年からの監督就任を決定発表しました。これは当時かなりの反響をよび、日の出の勢いで急上昇してきた、ショルティ指揮のシカゴ交響楽団の対抗馬とさえいわれました。マゼールはこの就任後、セルの楽器にいっさい触らず、ほぼセル時代のメンバーそのままで仕事を開始しました。当初その気質の違いからか、かなりそのコンビネーションを危ぶむ声が聴かれたものの、その出たしは比較的順調なものとなり、そのコンビネーションがぴったりした時期に、日本公演の実現となりました。セルの死後4年目の1974年4月のことでした。

 この公演は「形から色」へという言葉で形容され、クリーヴランドの音の変容が大きく取りざたされました。だがこの公演はそれだけにとどまりませんでした。TVでも中継されたNHKホールでの「ツァラ」や、録音されなかった「幻想」の、凄まじい気迫と迫力は聴衆を圧倒するに充分なものでした。

 特に東京公演でのこの5月30日に演奏された「幻想交響曲」は、完璧なアンサンブルを駆使したマゼールが、この曲の真髄を抉り出すような凄絶の限りをつくした音楽で、NHKホールを爆発させ、当夜の聴衆を熱狂の渦に叩き込みました。これはほんとうに凄かったです。全ての弦が綺麗に同一スピード同一角度で奏され、しかも音量は圧倒的、終楽章でのテンポの激変、最後の大太鼓を横に倒して叩きながら、それにのって狂気のように、しかも正確に演奏していくオーケストラ。狂気と冷静のものすごいバランス感覚は今思い出しても神業というかんじがします。もう二度と聴けない演奏だと思います。(後にソニーやテラークに録音された同曲の演奏や、78年にフランス管と横浜で演奏した同曲は、その時の爆発力がかなり影を潜めてしまい、当時と比べるとかなりおちついた雰囲気が全体を支配し、その時の雰囲気はかなり希薄なものとなってしまいました。)

 この当時のこのコンビをものがたるものとしては、デッカに録音したプロコフィエフの「ロミオとジュリエット」全曲、ラヴェル「ダフニスとクロエ」全曲等があります。これらは天才と称され時期の飛ぶ鳥を落とす勢いだったマゼールが、セルの楽器という趣と力を保持していたクリーヴランド管弦楽団を、縦横無尽に指揮し描き尽くし、ひとつの頂点を築いた輝かしい記録だと思います。この公演はクリーヴランド管弦楽団の歴史に残る日本公演のひとつであり、マゼール自身にとってもベストの公演の一つだったと思います。
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